休暇
女神の特別の高配で、黄金聖闘士二人ずつに交替で一週間の休暇が与えられた。
その時期も同時期に休暇をとる相手も、公平にくじ引きで決まった、はずだった。
「なんで、おまえとなんだ……」
「やっぱり、運命?」
毒づくカミュに、ミロが満面の笑顔で答える。
「しかも、なぜ行く先がミロス島なんだ? 目と鼻の先じゃないか」
「カミュに任せといたら、シベリアまで氷河に会いに行くに決まってるじゃん。もう行き飽きた」
思惑を言い当てられ、カミュは言葉に詰まった。
くじを作ったムウに、感謝すべきか、恨み言を言うべきか。
それは休暇が終わったら決めようと思った。
ミロス島は小さな島だった。
海と白い建物だけの、観光名所といったものは無い、小さな島。
それでも海岸には、美しい自然の中でゆったりと休暇を過ごそうとする旅行者の姿が散見された。
「俺が修行してたのは、もっと上のほう。ほんとに何も無いけどね」
エーゲ海特有の深い青にみとれているカミュに、ミロは笑いかけた。
カミュは自分から動くことをしない。
ギリシャ生活が長いとはいえ、その行動範囲は聖域とその周辺に限られている。
ミロがこうして半強制的に引っ張り出さなければ、世界の美しさを知らずに一生を終えかねなかった。
もったいないことだ。
ミロは微笑んだ。
世界はもっと素晴らしく、もっと艶やかなのに。
風に長い髪をなぶらせつつ、なおも海から瞳を逸らせないカミュに、ミロは温かい視線を投げた。
カミュに新しい感動を与えられるのは、ミロに許された喜びだった。
二人はさほど大きくもない集落を通り抜けようとしていた。
ミロが修行したという地は、その先の小山の頂にあるという。
「修行中、脱け出してこっちの方に遊びにきたりもしたんだ。嬉しくなるくらい変わってない」
楽しそうなミロにつられて周囲を見渡していたカミュは、ふと足を止めた。
前方の教会周辺に、民族衣装をまとった集団がいた。
長年の支配の歴史を感じさせるトルコ風の刺繍が施された真白い衣装に、細工の込んだ装飾品。
聖域に近いアテネなどではなかなか見られない光景だった。
「ああ、結婚式かな。この辺はまだまだあんな感じなんだ」
ミロの台詞を裏付けるかのように、教会の鐘が鳴り響いた。
続いて歓声が沸きあがる。
たったいま結婚の誓約をしたばかりの新郎新婦が姿を現したのだ。
「あれ?」
ミロの視線が一点に定まる。
しばらく目を細めて遠くを注視していた彼の表情は喜色に包まれた。
「うっわ、俺、知ってるよ、あいつ。カミュ、行こう」
返事も待たずにカミュの手をとると、ミロは走り出した。
人垣をくぐり抜け、祝福の中心にいる黒髪の青年に呼びかける。
「おい、パリス! 俺、ミロ、覚えてる?」
青年は一瞬驚いたようだが、すぐに嬉しそうな笑顔になった。
「ミロ、あのミロか? 生きてたのか?」
「うん、一回死んだけど、生き返った」
聖戦後復活したミロにしてみれば正直な答えなのだが、パリスは冗談だと思ったらしい。
声を立てて笑うと、隣に立つ女性を振り返った。
「彼はミロ、子供の時、よく遊んだんだ。聖闘士の修行をしてるとか、冗談ばかり言うおもしろい奴だったけど、相変わらずだ」
明るい茶色の瞳をした新婦は、快活な笑みを浮かべると右手を差し出してきた。
「はじめまして、よろしくね」
ミロは彼女と握手をすると、隣にいたカミュを前に押し出した。
「こいつはカミュ。俺の……」
「友人です」
ミロの言葉を遮り、カミュは微笑んで差し出された手を握った。
そのカミュを見たパリスの目が動いた。
ミロに向き直ると、意味ありげに笑いかける。
「ひょっとして、彼……」
「そういうこと」
ミロは悪戯っぽいウインクを返した。
幼馴染の二人だけに流れる言葉のいらないコミュニケーションに、カミュは不審気な視線を向けた。
事情はわからないが話題は自分のことらしく、あまり愉快とはいえなかった。
そのカミュの感情の変化を敏感に察知し脅えたか、ミロは急いで話題を変えた。
「ああ、ごめん。まさか結婚式とは思わなくて、何にもプレゼント用意してないんだ」
「いいって。偶然でも来てくれただけで嬉しいよ」
ミロの申し訳なさそうな顔は、ねぎらう友人からカミュに移った。
途端に、ミロの瞳に光が宿る。
「ごめん、カミュ。許せ」
「!」
ミロの言葉を理解するまえに、カミュの頭にちくりと虫に刺されたような痛みが走る。
反射的に瞳を閉じたカミュが再び目を開いたときには、ミロの手に一本の真紅の髪が握られていた。
「俺たちからのお祝い。運命の赤い糸を、幸せな二人に」
ミロは新郎新婦の小指に、カミュの髪を結び付けていた。
真紅の髪に結び付けられた手を嬉しそうにかざしている二人を見ると、カミュは言いかけた文句も喉元で飲み込むしかなかった。
ミロが修行していた家は、この休暇の間、彼らの宿になる。
ギリシャの建物らしく漆喰で塗り固めた壁は、往年の白さを失いやや灰がかかっていた。
ごつごつとした岩が周囲に散在し丈の短い草に覆われた地面を、カミュは興味深そうに見回した。
そこかしこの岩に無数の小さな穴が開いている。
幼い頃のミロの修行の跡に、カミュは微笑ましくなった。
ここで、ミロは幼年期を過ごしたのだ。
自分が知る前の、彼の二年間の修行時代が、ここにはあったのだ。
はるか下から吹き上げてくる風は、かすかな潮の香りを含んでいた。
カミュはうっとりと瞳を閉じた。
さやかな風の音と共に、子供の笑い声が聞こえた気がした。
幼いミロの声。
彼のまぶしいほどの生命力と躍動感は、きっとその頃から彼に祝福を与えていたのだろう。
時という巻き戻すことのできない存在にも、ミロは拘泥することもない。
この地に誘うことで、ミロはその生ける証全てをカミュに捧げようと意図しているのかもしれなかった。
「ごめん、カミュ。まず掃除しなきゃいけないかも」
先に家に入ったミロが、咳き込みながら出てきた。
何年も使われていない家なのだ。無理も無い。
カミュは苦笑した。
「お招きいただけるなら、掃除ぐらいしておいてほしかったな」
「次からそうする」
ドアを開けたカミュは、うんざりとしたため息をついた。
よどんだ空気と床にたまる綿埃が、無人の歳月の重みを表していた。
太陽が差し込まなくても、空中をさまよう塵埃の姿が見えるような気さえした。
「掃除は私がするから。おまえは食料でも買出しに行っててくれ」
「いや、あとで婚礼の祝宴に招いてくれるって言ってたから。あ、いっとくけど、俺、頼んでないからな。向こうから申し出てくれたんだから」
カミュの冷たい視線に、ミロは慌てて両手を顔の前で振って疑惑を晴らそうとした。
その様子はあまりに大仰で、カミュの失笑を誘った。
「じゃ、少なくとも、それまでには掃除を終えよう。ミロ、掃除道具はどこだ」
てきぱきとしたカミュの指示に、ミロは素直に駆け出していった。
ようやく人が生活できるような環境が整った頃には、中天にあった日もかなり西の空に傾いていた。
「カミュ、ちょっと来て」
ミロに呼ばれて外に出たカミュは、言葉を失った。
青い海と空を紅に染め、水平線の彼方に陽が沈もうとしていた。
白く漂っていたはずの雲を薄暮色に変え、海面に自らの映し身を投影しつつ、地上にしばしの別れを告げる儀式。
鮮紅は眼下に広がる建物群をも染め上げ、昼とは異なる幻想的な世界を作り出していた。
日が沈まんとする数分間だけがみせる光と闇の芸術に、カミュは魅せられた。
神の作り出す光景に魂を吸い取られたようなカミュに、ミロは音も無く近づいた。
背後からそっとカミュを抱きしめる。
「綺麗だろ。これを、おまえに見せたかったんだ」
耳元で囁かれる言葉に、カミュはくすぐったそうにうなずいた。
「確かに、綺麗だな」
「子供のとき、この夕日を見るたびにカミュを思い出してた。真紅の髪の妖精が、陽が沈むまでに現れないかって、いっつも待ってた」
ミロはカミュの髪を一房梳きとり、唇を寄せた。
「おまえと二人で、見たかったんだ」
「……ばか」
カミュはミロの腕から逃げ出そうとした。
その頬も夕日に照らされ赤く染まっていた。
しかしミロは腕の中の妖精の逃走を許さなかった。
抱きしめる腕に力を込めると、カミュはほんの少し大人しくなった。
「やっと、願いが叶った」
ミロはカミュの形のよい顎に指をかけ軽く引き上げると、肩越しに静かに顔を近づけた。
唇を重ねる二人を、夕日が照らす。
やがて、一つだったシルエットは二つに分かれた。
「そうだ、おまえ、昼間の彼と私のことを何か話していただろう。何の話だ」
照れ隠しの話題転換に、ミロは苦笑を禁じえなかった。
その答えを知ったなら、またカミュを赤面させるのはわかっていた。
「聞きたい?」
楽しげな笑みを刻むミロに、カミュは当然とばかりに首を縦に振った。
髪の毛を抜かれたうえ見知らぬ人間と自分の話題をされては、カミュの性格からいってもただで引き下がる訳がなかった。
ミロはカミュの耳元に内緒話をするように顔を寄せた。
「昔、あいつに話したことあるんだ。初恋の相手は紅い髪と瞳の妖精だって」
途端に、カミュの頬に血が上った。
夕日が海に大きく切り取られその光彩が弱まっても、なおもカミュ一人だけは、夕焼けに染められたままだった。
女神の特別の高配で、黄金聖闘士二人ずつに交替で一週間の休暇が与えられた。
その時期も同時期に休暇をとる相手も、公平にくじ引きで決まった、はずだった。
「なんで、おまえとなんだ……」
「やっぱり、運命?」
毒づくカミュに、ミロが満面の笑顔で答える。
「しかも、なぜ行く先がミロス島なんだ? 目と鼻の先じゃないか」
「カミュに任せといたら、シベリアまで氷河に会いに行くに決まってるじゃん。もう行き飽きた」
思惑を言い当てられ、カミュは言葉に詰まった。
くじを作ったムウに、感謝すべきか、恨み言を言うべきか。
それは休暇が終わったら決めようと思った。
ミロス島は小さな島だった。
海と白い建物だけの、観光名所といったものは無い、小さな島。
それでも海岸には、美しい自然の中でゆったりと休暇を過ごそうとする旅行者の姿が散見された。
「俺が修行してたのは、もっと上のほう。ほんとに何も無いけどね」
エーゲ海特有の深い青にみとれているカミュに、ミロは笑いかけた。
カミュは自分から動くことをしない。
ギリシャ生活が長いとはいえ、その行動範囲は聖域とその周辺に限られている。
ミロがこうして半強制的に引っ張り出さなければ、世界の美しさを知らずに一生を終えかねなかった。
もったいないことだ。
ミロは微笑んだ。
世界はもっと素晴らしく、もっと艶やかなのに。
風に長い髪をなぶらせつつ、なおも海から瞳を逸らせないカミュに、ミロは温かい視線を投げた。
カミュに新しい感動を与えられるのは、ミロに許された喜びだった。
二人はさほど大きくもない集落を通り抜けようとしていた。
ミロが修行したという地は、その先の小山の頂にあるという。
「修行中、脱け出してこっちの方に遊びにきたりもしたんだ。嬉しくなるくらい変わってない」
楽しそうなミロにつられて周囲を見渡していたカミュは、ふと足を止めた。
前方の教会周辺に、民族衣装をまとった集団がいた。
長年の支配の歴史を感じさせるトルコ風の刺繍が施された真白い衣装に、細工の込んだ装飾品。
聖域に近いアテネなどではなかなか見られない光景だった。
「ああ、結婚式かな。この辺はまだまだあんな感じなんだ」
ミロの台詞を裏付けるかのように、教会の鐘が鳴り響いた。
続いて歓声が沸きあがる。
たったいま結婚の誓約をしたばかりの新郎新婦が姿を現したのだ。
「あれ?」
ミロの視線が一点に定まる。
しばらく目を細めて遠くを注視していた彼の表情は喜色に包まれた。
「うっわ、俺、知ってるよ、あいつ。カミュ、行こう」
返事も待たずにカミュの手をとると、ミロは走り出した。
人垣をくぐり抜け、祝福の中心にいる黒髪の青年に呼びかける。
「おい、パリス! 俺、ミロ、覚えてる?」
青年は一瞬驚いたようだが、すぐに嬉しそうな笑顔になった。
「ミロ、あのミロか? 生きてたのか?」
「うん、一回死んだけど、生き返った」
聖戦後復活したミロにしてみれば正直な答えなのだが、パリスは冗談だと思ったらしい。
声を立てて笑うと、隣に立つ女性を振り返った。
「彼はミロ、子供の時、よく遊んだんだ。聖闘士の修行をしてるとか、冗談ばかり言うおもしろい奴だったけど、相変わらずだ」
明るい茶色の瞳をした新婦は、快活な笑みを浮かべると右手を差し出してきた。
「はじめまして、よろしくね」
ミロは彼女と握手をすると、隣にいたカミュを前に押し出した。
「こいつはカミュ。俺の……」
「友人です」
ミロの言葉を遮り、カミュは微笑んで差し出された手を握った。
そのカミュを見たパリスの目が動いた。
ミロに向き直ると、意味ありげに笑いかける。
「ひょっとして、彼……」
「そういうこと」
ミロは悪戯っぽいウインクを返した。
幼馴染の二人だけに流れる言葉のいらないコミュニケーションに、カミュは不審気な視線を向けた。
事情はわからないが話題は自分のことらしく、あまり愉快とはいえなかった。
そのカミュの感情の変化を敏感に察知し脅えたか、ミロは急いで話題を変えた。
「ああ、ごめん。まさか結婚式とは思わなくて、何にもプレゼント用意してないんだ」
「いいって。偶然でも来てくれただけで嬉しいよ」
ミロの申し訳なさそうな顔は、ねぎらう友人からカミュに移った。
途端に、ミロの瞳に光が宿る。
「ごめん、カミュ。許せ」
「!」
ミロの言葉を理解するまえに、カミュの頭にちくりと虫に刺されたような痛みが走る。
反射的に瞳を閉じたカミュが再び目を開いたときには、ミロの手に一本の真紅の髪が握られていた。
「俺たちからのお祝い。運命の赤い糸を、幸せな二人に」
ミロは新郎新婦の小指に、カミュの髪を結び付けていた。
真紅の髪に結び付けられた手を嬉しそうにかざしている二人を見ると、カミュは言いかけた文句も喉元で飲み込むしかなかった。
ミロが修行していた家は、この休暇の間、彼らの宿になる。
ギリシャの建物らしく漆喰で塗り固めた壁は、往年の白さを失いやや灰がかかっていた。
ごつごつとした岩が周囲に散在し丈の短い草に覆われた地面を、カミュは興味深そうに見回した。
そこかしこの岩に無数の小さな穴が開いている。
幼い頃のミロの修行の跡に、カミュは微笑ましくなった。
ここで、ミロは幼年期を過ごしたのだ。
自分が知る前の、彼の二年間の修行時代が、ここにはあったのだ。
はるか下から吹き上げてくる風は、かすかな潮の香りを含んでいた。
カミュはうっとりと瞳を閉じた。
さやかな風の音と共に、子供の笑い声が聞こえた気がした。
幼いミロの声。
彼のまぶしいほどの生命力と躍動感は、きっとその頃から彼に祝福を与えていたのだろう。
時という巻き戻すことのできない存在にも、ミロは拘泥することもない。
この地に誘うことで、ミロはその生ける証全てをカミュに捧げようと意図しているのかもしれなかった。
「ごめん、カミュ。まず掃除しなきゃいけないかも」
先に家に入ったミロが、咳き込みながら出てきた。
何年も使われていない家なのだ。無理も無い。
カミュは苦笑した。
「お招きいただけるなら、掃除ぐらいしておいてほしかったな」
「次からそうする」
ドアを開けたカミュは、うんざりとしたため息をついた。
よどんだ空気と床にたまる綿埃が、無人の歳月の重みを表していた。
太陽が差し込まなくても、空中をさまよう塵埃の姿が見えるような気さえした。
「掃除は私がするから。おまえは食料でも買出しに行っててくれ」
「いや、あとで婚礼の祝宴に招いてくれるって言ってたから。あ、いっとくけど、俺、頼んでないからな。向こうから申し出てくれたんだから」
カミュの冷たい視線に、ミロは慌てて両手を顔の前で振って疑惑を晴らそうとした。
その様子はあまりに大仰で、カミュの失笑を誘った。
「じゃ、少なくとも、それまでには掃除を終えよう。ミロ、掃除道具はどこだ」
てきぱきとしたカミュの指示に、ミロは素直に駆け出していった。
ようやく人が生活できるような環境が整った頃には、中天にあった日もかなり西の空に傾いていた。
「カミュ、ちょっと来て」
ミロに呼ばれて外に出たカミュは、言葉を失った。
青い海と空を紅に染め、水平線の彼方に陽が沈もうとしていた。
白く漂っていたはずの雲を薄暮色に変え、海面に自らの映し身を投影しつつ、地上にしばしの別れを告げる儀式。
鮮紅は眼下に広がる建物群をも染め上げ、昼とは異なる幻想的な世界を作り出していた。
日が沈まんとする数分間だけがみせる光と闇の芸術に、カミュは魅せられた。
神の作り出す光景に魂を吸い取られたようなカミュに、ミロは音も無く近づいた。
背後からそっとカミュを抱きしめる。
「綺麗だろ。これを、おまえに見せたかったんだ」
耳元で囁かれる言葉に、カミュはくすぐったそうにうなずいた。
「確かに、綺麗だな」
「子供のとき、この夕日を見るたびにカミュを思い出してた。真紅の髪の妖精が、陽が沈むまでに現れないかって、いっつも待ってた」
ミロはカミュの髪を一房梳きとり、唇を寄せた。
「おまえと二人で、見たかったんだ」
「……ばか」
カミュはミロの腕から逃げ出そうとした。
その頬も夕日に照らされ赤く染まっていた。
しかしミロは腕の中の妖精の逃走を許さなかった。
抱きしめる腕に力を込めると、カミュはほんの少し大人しくなった。
「やっと、願いが叶った」
ミロはカミュの形のよい顎に指をかけ軽く引き上げると、肩越しに静かに顔を近づけた。
唇を重ねる二人を、夕日が照らす。
やがて、一つだったシルエットは二つに分かれた。
「そうだ、おまえ、昼間の彼と私のことを何か話していただろう。何の話だ」
照れ隠しの話題転換に、ミロは苦笑を禁じえなかった。
その答えを知ったなら、またカミュを赤面させるのはわかっていた。
「聞きたい?」
楽しげな笑みを刻むミロに、カミュは当然とばかりに首を縦に振った。
髪の毛を抜かれたうえ見知らぬ人間と自分の話題をされては、カミュの性格からいってもただで引き下がる訳がなかった。
ミロはカミュの耳元に内緒話をするように顔を寄せた。
「昔、あいつに話したことあるんだ。初恋の相手は紅い髪と瞳の妖精だって」
途端に、カミュの頬に血が上った。
夕日が海に大きく切り取られその光彩が弱まっても、なおもカミュ一人だけは、夕焼けに染められたままだった。