寄り添い
ぐったりと身を横たえたカミュの隣で、シュラは煙草をふかしていた。
さっきまでカミュに向けられていた情熱など、微塵も感じさせず。
まるで、ベッドには他に誰もいないかのように、黙然と紫煙をくゆらしている。
もう、慣れた。
それでも不愉快なのは、変わらない。
自分はシュラに何を求めているのだろう。
求めるものなど、何もなかったはずなのに。
甘い言葉の一つもない関係。そう割り切っていたはずだった。
それなのに、用済みと公言されるように、一顧だにされないのは我慢ができなかった。
「喉、渇いた…」
ぽつり、と呟く。
「水でも飲んでこいよ」
優しさの欠片もない台詞。
とはいえ、反応があったことが驚きだった。
少し、嬉しい。
「持ってきてよ」
「面倒くさい」
シュラは灰皿に灰を落とした。
「やる前に用意しておけばいいんだ、俺の煙草みたいに」
「……もういい、自給自足するから」
右腕を毛布から抜き出し、天井に向かって突き上げる。
冷気を集中させた掌には、空気中の水蒸気が徐々に液体に姿を変えて集まってきた。
こぼさないように気をつけながら、カミュはくぼめた掌を顔に近づけた。
舌を這わせ舐めとると、生成されたばかりの水が渇いた喉にしみわたっていく。
もっとも一口分くらいでは、情事の後の渇きはおさまらない。
もう一度、水を作り出そうと手を差し上げた。
「俺にも飲ませろよ」
手品のような芸当に興を覚えたか、シュラが煙草を灰皿に預け、カミュの腕をとった。
「いーや」
「けち臭いこと言うな」
「けちで結構」
カミュは意地悪く笑うと、冷気を凍気にまで強めた。
冷却された水蒸気が凝固点をも通り越した結果、掌の上に小さな氷が出現する。
手首のスナップを利かせ、カミュは飴玉でも放り込むかのように、氷を口の中に移動させた。
シュラが舌打ちした。
「そういうつもりなら、こっちにも考えがある」
薄笑いを浮かべたシュラは、カミュの顎を押さえつけると唇を重ねてきた。
キスでは、ない。
ただ、カミュの口内の氷を取り上げようとしているだけだ。
その証拠に、シュラは瞳を閉じない。
カミュを見据えたまま、氷を求めて舌を動きまわらせている。
口腔を蹂躙する器用な舌の動きに、ちりちりと焼けつくような刺激が湧き上がってくる。
カミュはやはり瞳を見開いたまま、ことさらにシュラを睨んだ。
さらわれそうになる意識をつなぎとめるには、そうするしかなかった。
シュラのキスの上手さは知っていた。
だから、すぐに氷を取り上げられてしまうことも、わかっていた。
それでも素直に渡さなかったのは、ささやかな抵抗。
ほんとうに、ささやかな。
「……なんで泣くんだよ」
氷盗人は、呆れたようにカミュを見た。
カミュはふいっと背を向けた。
「……シュラは、ずるい」
「氷取ったくらいで、そう言われてもな」
苦笑するシュラの声が、胸にしみた。
そんなんじゃない。
泣きたいくらい狂おしいのは、そんな理由からじゃない。
「……じゃ、何なんだ?」
思わず口走っていたのか、カミュの脳内を駆け巡る台詞はシュラに届いてしまったらしい。
カミュは背を丸めて小さくなった。毛布にくるまれた胎児のようなその姿は、精一杯の自衛行為の表れだった。
「シュラは何もかも私から奪っていく。だから、ずるい」
観念したような囁き声が洩れた。
ずっと言いたかった。
カミュの時間も、身体も、心も、もうシュラ無しでは存在理由をもたない。
でも、それを口にしたなら、シュラはカミュに二度と触れてこないはずだった。
そんな重い関係など、彼は求めていないのだから。
最後通告は、受けるより自分が発したほうがいい。衝動的な涙が、そう決意させた。
背後で、シュラがため息をつく気配がした。
カミュは続く台詞に脅え、ぎゅっと目を閉じた。
堅く縮こまった体が、温かい腕で包まれたのは、その直後だった。
背中から抱きこまれたカミュは驚きに目を見張った。
髪に隠されたうなじのあたりに、シュラが唇を触れさせてきた。
「先に俺から全てを奪ったのは、おまえの方だろ」
初めて肌を合わせた後、抱き寄せようとしたシュラの腕を振り払ったのはカミュの方だった。
あまりべたべたとじゃれつくのは好きではない。
そう言い放つと、さっさとシャワーを浴びにベッドを抜け出したのだ。
カミュにしてみれば、すっかり忘れていた記憶。
その頃はシュラのことを何とも思っていなかったのだから、当然といえば当然だった。
「……だから俺は、おまえが望む身体だけの相手を演じてたんだがな」
シュラはカミュの耳元に熱い息を吹きかけた。
「今でも、じゃれつくのはキライか?」
「……そんなことも、ないかも」
カミュは抱きしめられた腕の中で、くるりと反転した。
涙の痕が残る顔を見られたくなくて、シュラの胸に顔をうずめる。
腕枕をするシュラの指が、優しく髪を撫でる。
ただそれだけのことが無性に幸せで、カミュはシュラに寄り添い、離れられなくなっていた。
ぐったりと身を横たえたカミュの隣で、シュラは煙草をふかしていた。
さっきまでカミュに向けられていた情熱など、微塵も感じさせず。
まるで、ベッドには他に誰もいないかのように、黙然と紫煙をくゆらしている。
もう、慣れた。
それでも不愉快なのは、変わらない。
自分はシュラに何を求めているのだろう。
求めるものなど、何もなかったはずなのに。
甘い言葉の一つもない関係。そう割り切っていたはずだった。
それなのに、用済みと公言されるように、一顧だにされないのは我慢ができなかった。
「喉、渇いた…」
ぽつり、と呟く。
「水でも飲んでこいよ」
優しさの欠片もない台詞。
とはいえ、反応があったことが驚きだった。
少し、嬉しい。
「持ってきてよ」
「面倒くさい」
シュラは灰皿に灰を落とした。
「やる前に用意しておけばいいんだ、俺の煙草みたいに」
「……もういい、自給自足するから」
右腕を毛布から抜き出し、天井に向かって突き上げる。
冷気を集中させた掌には、空気中の水蒸気が徐々に液体に姿を変えて集まってきた。
こぼさないように気をつけながら、カミュはくぼめた掌を顔に近づけた。
舌を這わせ舐めとると、生成されたばかりの水が渇いた喉にしみわたっていく。
もっとも一口分くらいでは、情事の後の渇きはおさまらない。
もう一度、水を作り出そうと手を差し上げた。
「俺にも飲ませろよ」
手品のような芸当に興を覚えたか、シュラが煙草を灰皿に預け、カミュの腕をとった。
「いーや」
「けち臭いこと言うな」
「けちで結構」
カミュは意地悪く笑うと、冷気を凍気にまで強めた。
冷却された水蒸気が凝固点をも通り越した結果、掌の上に小さな氷が出現する。
手首のスナップを利かせ、カミュは飴玉でも放り込むかのように、氷を口の中に移動させた。
シュラが舌打ちした。
「そういうつもりなら、こっちにも考えがある」
薄笑いを浮かべたシュラは、カミュの顎を押さえつけると唇を重ねてきた。
キスでは、ない。
ただ、カミュの口内の氷を取り上げようとしているだけだ。
その証拠に、シュラは瞳を閉じない。
カミュを見据えたまま、氷を求めて舌を動きまわらせている。
口腔を蹂躙する器用な舌の動きに、ちりちりと焼けつくような刺激が湧き上がってくる。
カミュはやはり瞳を見開いたまま、ことさらにシュラを睨んだ。
さらわれそうになる意識をつなぎとめるには、そうするしかなかった。
シュラのキスの上手さは知っていた。
だから、すぐに氷を取り上げられてしまうことも、わかっていた。
それでも素直に渡さなかったのは、ささやかな抵抗。
ほんとうに、ささやかな。
「……なんで泣くんだよ」
氷盗人は、呆れたようにカミュを見た。
カミュはふいっと背を向けた。
「……シュラは、ずるい」
「氷取ったくらいで、そう言われてもな」
苦笑するシュラの声が、胸にしみた。
そんなんじゃない。
泣きたいくらい狂おしいのは、そんな理由からじゃない。
「……じゃ、何なんだ?」
思わず口走っていたのか、カミュの脳内を駆け巡る台詞はシュラに届いてしまったらしい。
カミュは背を丸めて小さくなった。毛布にくるまれた胎児のようなその姿は、精一杯の自衛行為の表れだった。
「シュラは何もかも私から奪っていく。だから、ずるい」
観念したような囁き声が洩れた。
ずっと言いたかった。
カミュの時間も、身体も、心も、もうシュラ無しでは存在理由をもたない。
でも、それを口にしたなら、シュラはカミュに二度と触れてこないはずだった。
そんな重い関係など、彼は求めていないのだから。
最後通告は、受けるより自分が発したほうがいい。衝動的な涙が、そう決意させた。
背後で、シュラがため息をつく気配がした。
カミュは続く台詞に脅え、ぎゅっと目を閉じた。
堅く縮こまった体が、温かい腕で包まれたのは、その直後だった。
背中から抱きこまれたカミュは驚きに目を見張った。
髪に隠されたうなじのあたりに、シュラが唇を触れさせてきた。
「先に俺から全てを奪ったのは、おまえの方だろ」
初めて肌を合わせた後、抱き寄せようとしたシュラの腕を振り払ったのはカミュの方だった。
あまりべたべたとじゃれつくのは好きではない。
そう言い放つと、さっさとシャワーを浴びにベッドを抜け出したのだ。
カミュにしてみれば、すっかり忘れていた記憶。
その頃はシュラのことを何とも思っていなかったのだから、当然といえば当然だった。
「……だから俺は、おまえが望む身体だけの相手を演じてたんだがな」
シュラはカミュの耳元に熱い息を吹きかけた。
「今でも、じゃれつくのはキライか?」
「……そんなことも、ないかも」
カミュは抱きしめられた腕の中で、くるりと反転した。
涙の痕が残る顔を見られたくなくて、シュラの胸に顔をうずめる。
腕枕をするシュラの指が、優しく髪を撫でる。
ただそれだけのことが無性に幸せで、カミュはシュラに寄り添い、離れられなくなっていた。