無憂宮
2004カミュ誕


 たまには外で飲もうと誘ってみると、意外にもカミュは素直に応じてくれた。
 誕生日ぐらいいい子になろう、と、思ってくれたのかもしれない。
 ミロにしては張り込んだ食事の後、隠れ家のような小さなショットバーに向かう。
 最近知ったばかりのこの店は、人の話し声も音楽もそれほどうるさくなく、きっとカミュの好みに合うと思われた。
 凝った装飾の扉を開け、店内に身を滑らせる。と、ミロの足が止まった。
 今日は土曜日だ。
 彼の予想に反し、薄暗い店内はいつもより人口密度が高かった。
 「カウンターでもいいか?」
 少し困ったように眉を顰めるミロに、カミュは微笑んでうなずいた。
 カウンターの向こうには、宝の山のように所狭しと酒瓶が並べられていた。
 瓶の中身にしか興味が無かったミロも、複雑な瓶の形や洒落たラベルが目を楽しませてくれることを、最近知った。
 あまりこういった店に足を運ばないカミュも、一堂に集められた酒が物珍しいのだろう。
 口数の少ない初老のバーテンダーに注文を告げる間も惜しむように、きょときょとと視線を走らせている。
 その姿は好奇心の強い子供のようで、ミロの微笑を誘った。
 可愛い、と、言ってやりたいが、そんなことを口にしたなら、カミュは途端に帰りかねない。
 その台詞は胸の中だけに収めることにして、ミロはただ黙ってその様子を見守っていた。
 と、カミュの瞳が一点に止まった。
 「どうした?」
 「あれ……」
 カミュの視線を捉えた先を見る。
 そこには水晶で刻み上げられたかのような瓶があった。
 繊細な彫刻品のようなその造形は、他の酒瓶とは明らかに一線を隔している。
 「あれ、私を産んだ人たちが残したものと同じだ」
 訳すと、親からの贈り物、ということだろう。
 カミュは、自分を捨てた人間を親だと思っていない。
 それでも、やはり心のどこかで思慕しているのかもしれなかった。
 ミロは温かい笑顔を見せた。
 親を想うのも、誕生日ならではだ。
 少なくとも、幼い頃に家族と離れた自分たちにとっては。
 「じゃ、俺から誕生日プレゼント。あれ、やるよ」
 その言葉に瞠目したのは、カミュだけではなかった。
 客の会話に全く耳を傾けていない様子だったバーテンダーの片眉が、わずかに上がった。
 「と、いうわけで、こいつに、あれを」
 ミロはカミュと瓶を交互に指差すと、悪戯っぽくウインクした。
 嬉しそうなミロとは裏腹に、バーテンダーは少し困ったように口許を緩めた。
  「はあ、ですが…」
 煮え切らない言葉と共に、そっとミロに耳打ちする。
 目を剥くのは、ミロの番だった。
 「えっ、なんでそんなに高いの?」
 頓狂な声を上げるミロに、後ろからくすくすと笑い声がかけられる。
 「あのボトルはバカラだからね、それなりの値がするんだよ」
 聞き慣れた穏やかな声に、ミロとカミュは同時に後ろを振り返った。
 「なんでいるんだよ?」
 「ここをおまえに教えてやったのは、俺だろが」
 馬鹿にしたような声がうそぶく。
 驚く二人の視線の先には、双子がいた。
 口許に浮かぶ全く違う印象の笑みが、なぜか彼らの相似性を如実に表しているように見えた。
 サガは小さな子供に対するように、そっとカミュの頭に手を置いた。
 「私たちも、その贈り物に協力させてもらってもいいかな、カミュ?」
 「えっ、俺も?」
 大げさに驚いてみせるカノンを視線で一蹴すると、サガはカミュに優しく微笑みかけた。
 グラスに注がれた琥珀色の煌きは、得られなかった愛情の具象だと、カミュはずっと思っていたはずだ。
 しかし、そうではなかった。
 カミュを支えてくれる優しい友人たちが、呪縛を解き放つ。
 時に絆は、血脈よりも濃く深い。
 その心の内を見透かしたように、カノンがにやりと笑う。
 「じゃ、カミュの誕生日に乾杯といくか」
 四つのグラスが宙で出会い、澄んだ音を奏でる。
 不思議と耳に優しく響くその音色は、カミュが深奥に抱え続けていた氷塊に亀裂が入った音なのかもしれなかった。

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