2004 双子誕
玄関先での招いてもいない客人の発言に、俺はたっぷり十秒は言葉を失った。
ようやく思考が復活すると、その台詞の真意を質す。
「……で、俺にどうしろっての?」
「だから、今晩はサガがいないから、泊めてくれ」
紅い瞳をくるりと揺らめかせ、カミュは悪びれもせずに答えた。
どうやら、言葉通りの意味だったらしい。
「それで一晩中サガの愚痴だか惚気だかわかんない話聞かされるんだろ。勘弁してくれ」
こういうところが、カミュは凶悪なまでに鈍い。
どう考えたって、まだ自分に未練たっぷり持ってますっていう昔の男に対してする話題じゃないと思うんだが、そんなことにすら気づかない。
なかなか首を縦に振らない俺に、カミュは困ったように眉をひそめた。
「でも、私にはそんな話ができるのは、おまえしかいないから」
カミュにしてみれば、嘘偽りない本心なのだろう。
恋人でなくなった俺でも、親友という地位は失っていない。
この特別扱いを享受したくて、やはり俺はカミュの残酷なまでのわがままを聞き届けることになる。
それでも、ささやかな毒で牽制することくらい許されるだろう。
「……襲われても文句言うなよ」
「それはない」
「何だってそんなにキッパリ言い切れるんだよ」
余裕の表情で笑うカミュを横目で睨む。
押し倒されても、まだそうやって笑っていられるのか、カミュ?
「だって、おまえはそんなことしないから」
俺の内心の問いかけが聞こえたように、カミュは真っ直ぐ俺を見た。
いつだって俺を魅了してきた真紅の瞳が、俺に、俺だけに注がれる。
「だって、おまえは私が愛した男だから」
……ずるいよ、カミュ。
いつまで俺を隷属させるつもりだ?
紅い小悪魔は無邪気な微笑を浮かべて俺をみつめていた。
その瞳に見据えられた俺は、小声で「そうだな」としか言えなくなっていた。
「……で、どうしたって?」
俺からカミュを取っていった奴と同じ顔をした男が、憎たらしい笑みを浮かべて問いかける。
「明け方までずっと話してて、眠くなったからって、くーすか寝やがった」
一つベッドで無防備な寝顔を見せるカミュと同衾することは、昔からよくあることだった。
しかし、子供の頃や恋人だった時とは違うのだ。
寝息もぬくもりも何一つ手に入れることが許されなくなってからのこの展開は、あまりに酷だった。
「それで、おまえは一人で悶々と眠れぬ夜を過ごしたってわけだ」
「わかってんなら聞くな」
目の下の隈を見れば一目瞭然だろうに。
それでもわざわざ言葉にさせるのは、嫌がらせか、それとも、現実を直視させることによるショック療法か。
「あー、もう! カミュなんかキライになりてーっ!」
叶うことなどないと嫌というほどわかりすぎた願いを叫ぶと、俺はテーブルに突っ伏した。
その頭がぽんぽんと軽く叩かれる。
まるで小さな子供にかえって、誰かにあやされているようだ。
「そうなれたら、楽なんだがな」
静かな声が耳に心地よい。
その声色は子守唄のように穏やかで、自然と瞼が重くなってきた。
「……他の奴を想ってる奴を好きになるのは、ツライよな」
そんな台詞を最後に聞いた。
妙に実感がこもっている気がしたが問い詰める元気も無く、俺はそのまま眠りの淵に落ちていった。
私が不在の間のカミュの時間の過ごし方を聞き、ため息を、一つ。
「……それは、ミロも可哀想に」
「何がですか?」
きょとんと目を瞬かせるカミュは、やはり何も理解していないのだろう。
ミロがまだカミュに好意を寄せていることも、自分のしていることがどれ程彼にとって酷なことなのかも。
結果的には彼からカミュを横取りしたことになる私が言うのもなんだが、あまりにもミロが不憫だ。
ただ、私にも、カミュが必要だった。
いくらミロを憐れんだとはいえ、ようやく手に入れたこの至宝を委ねるつもりはさらさらない。
私は腕を伸ばしてカミュを引き寄せた。
何の抵抗も無く、その身体は素直に私にもたれかかる。
「もう天蠍宮に泊まりに行ってはいけないよ」
「どうしてですか?」
探究心の強い子供の頃と同様、私を質問責めにする癖は健在らしい。
こうして小首を傾げて見上げてくる表情は可愛らしく、つい答える方にも身が入ってしまうのだが、いつまでもそれが最善とは限らない。
全てを明らかにすることが、人を傷つけることもある。
ミロの想いは、私の口から語るべきものではなかった。
「……君が他の宮に行ってしまうと、私が寂しいからね」
言葉の裏に隠した真意にも気づかず、カミュは嬉しそうに微笑んだ。
そのまま背伸びをすると、私の頬に軽く口づける。
「わかりました」
物分りのよい返事に、私は密かに安堵の息をついた。
だが、それも、束の間。
カミュはにっこり笑って言葉を続けた。
「これからは、ミロに宝瓶宮に泊まりに来てもらいますね」
……ため息を、もう一つ。
あまりに無邪気なカミュの笑顔に、私はそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
玄関先での招いてもいない客人の発言に、俺はたっぷり十秒は言葉を失った。
ようやく思考が復活すると、その台詞の真意を質す。
「……で、俺にどうしろっての?」
「だから、今晩はサガがいないから、泊めてくれ」
紅い瞳をくるりと揺らめかせ、カミュは悪びれもせずに答えた。
どうやら、言葉通りの意味だったらしい。
「それで一晩中サガの愚痴だか惚気だかわかんない話聞かされるんだろ。勘弁してくれ」
こういうところが、カミュは凶悪なまでに鈍い。
どう考えたって、まだ自分に未練たっぷり持ってますっていう昔の男に対してする話題じゃないと思うんだが、そんなことにすら気づかない。
なかなか首を縦に振らない俺に、カミュは困ったように眉をひそめた。
「でも、私にはそんな話ができるのは、おまえしかいないから」
カミュにしてみれば、嘘偽りない本心なのだろう。
恋人でなくなった俺でも、親友という地位は失っていない。
この特別扱いを享受したくて、やはり俺はカミュの残酷なまでのわがままを聞き届けることになる。
それでも、ささやかな毒で牽制することくらい許されるだろう。
「……襲われても文句言うなよ」
「それはない」
「何だってそんなにキッパリ言い切れるんだよ」
余裕の表情で笑うカミュを横目で睨む。
押し倒されても、まだそうやって笑っていられるのか、カミュ?
「だって、おまえはそんなことしないから」
俺の内心の問いかけが聞こえたように、カミュは真っ直ぐ俺を見た。
いつだって俺を魅了してきた真紅の瞳が、俺に、俺だけに注がれる。
「だって、おまえは私が愛した男だから」
……ずるいよ、カミュ。
いつまで俺を隷属させるつもりだ?
紅い小悪魔は無邪気な微笑を浮かべて俺をみつめていた。
その瞳に見据えられた俺は、小声で「そうだな」としか言えなくなっていた。
「……で、どうしたって?」
俺からカミュを取っていった奴と同じ顔をした男が、憎たらしい笑みを浮かべて問いかける。
「明け方までずっと話してて、眠くなったからって、くーすか寝やがった」
一つベッドで無防備な寝顔を見せるカミュと同衾することは、昔からよくあることだった。
しかし、子供の頃や恋人だった時とは違うのだ。
寝息もぬくもりも何一つ手に入れることが許されなくなってからのこの展開は、あまりに酷だった。
「それで、おまえは一人で悶々と眠れぬ夜を過ごしたってわけだ」
「わかってんなら聞くな」
目の下の隈を見れば一目瞭然だろうに。
それでもわざわざ言葉にさせるのは、嫌がらせか、それとも、現実を直視させることによるショック療法か。
「あー、もう! カミュなんかキライになりてーっ!」
叶うことなどないと嫌というほどわかりすぎた願いを叫ぶと、俺はテーブルに突っ伏した。
その頭がぽんぽんと軽く叩かれる。
まるで小さな子供にかえって、誰かにあやされているようだ。
「そうなれたら、楽なんだがな」
静かな声が耳に心地よい。
その声色は子守唄のように穏やかで、自然と瞼が重くなってきた。
「……他の奴を想ってる奴を好きになるのは、ツライよな」
そんな台詞を最後に聞いた。
妙に実感がこもっている気がしたが問い詰める元気も無く、俺はそのまま眠りの淵に落ちていった。
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私が不在の間のカミュの時間の過ごし方を聞き、ため息を、一つ。
「……それは、ミロも可哀想に」
「何がですか?」
きょとんと目を瞬かせるカミュは、やはり何も理解していないのだろう。
ミロがまだカミュに好意を寄せていることも、自分のしていることがどれ程彼にとって酷なことなのかも。
結果的には彼からカミュを横取りしたことになる私が言うのもなんだが、あまりにもミロが不憫だ。
ただ、私にも、カミュが必要だった。
いくらミロを憐れんだとはいえ、ようやく手に入れたこの至宝を委ねるつもりはさらさらない。
私は腕を伸ばしてカミュを引き寄せた。
何の抵抗も無く、その身体は素直に私にもたれかかる。
「もう天蠍宮に泊まりに行ってはいけないよ」
「どうしてですか?」
探究心の強い子供の頃と同様、私を質問責めにする癖は健在らしい。
こうして小首を傾げて見上げてくる表情は可愛らしく、つい答える方にも身が入ってしまうのだが、いつまでもそれが最善とは限らない。
全てを明らかにすることが、人を傷つけることもある。
ミロの想いは、私の口から語るべきものではなかった。
「……君が他の宮に行ってしまうと、私が寂しいからね」
言葉の裏に隠した真意にも気づかず、カミュは嬉しそうに微笑んだ。
そのまま背伸びをすると、私の頬に軽く口づける。
「わかりました」
物分りのよい返事に、私は密かに安堵の息をついた。
だが、それも、束の間。
カミュはにっこり笑って言葉を続けた。
「これからは、ミロに宝瓶宮に泊まりに来てもらいますね」
……ため息を、もう一つ。
あまりに無邪気なカミュの笑顔に、私はそれ以上何も言うことができなくなってしまった。