2006 カミュ誕
扉を開けると、雪の舞い散る夜闇の中、相変わらずの太陽のような笑顔を浮かべてミロが立っていた。
「お約束の品、お届けにあがりました」
おどける彼が手にした大きな荷物にちらりと視線を走らせると、私は脇へ寄った。
中へ入るように仕草で促すと、ミロは待ちかねていたように肩に積もった雪を払い落としつつ家の中へ飛び込んでくる。
さして広くもない家をぐるりと見渡すと、彼は訝しそうに首を傾げた。
「あれ、おまえの不肖の弟子は?」
「今、風呂に入ってる。ちょうどいいときに来たな」
「なんで?」
「おまえのように喧しい男がいたら、修行の妨げになる」
不満げにむくれるミロの顔が可笑しくてつい小さく笑うと、彼もまたつられたように笑顔をみせた。
「まあ、いいや。俺は弟子じゃなくて師匠に会いに来たんだし」
「……おまえは届け物に来ただけだろう」
そう言い放つと、ミロは大げさに肩をすくめてみせた。
「冷たいなー、カミュ。俺は心底弟子に同情するね」
「安心しろ。弟子にはもっと優しい態度を示している」
うそぶく私に呆れたか、ミロはそれ以上何も言おうとせず、無言のまま持参した荷物の梱包を解き始める。
雪の被害を警戒したのだろう。
かなり厳重に包みこまれていたのは、先日彼が描いた絵だ。
絵の巧拙など私にはわからないが、この瑞々しい果物の絵を飾れば、殺風景な家も少しは潤うような気がした。
だから、私は遠慮なく彼の作品を貰うことにしたのだ。
「これが、こないだの絵だろ。それから……」
やけに荷物が大きいと思ったら、どうやら彼が持参した絵は一枚だけではないらしい。
ミロはあのときの静物画を私に手渡すと、ついでもう一枚の絵を大切そうに取りだした。
「……これは、おまえに。弟子の目につかないところに隠しとけ」
私は言葉を失った。
そこに描かれていたのは、私だった。
いや、紅い髪だから多分私だろうと推測ができる、と言う方が正しいかもしれない。
自分の寝姿など客観的に見たことがないから、これが私だという断言はできないのだ。
私に言えるのはただ、この長椅子に横たわった睡夢の囚われ人が、とても安らいだ幸せそうな表情をしているように見えるということだけだった。
その眠りを妨げることが罪悪に思われるほどの、あらゆる憂慮から解き放たれ楽しい夢にたゆたうような姿には、彼を見守る絵師の優しい想いが溢れているような、そんな気がした。
思いもかけない贈り物に戸惑った私は、茫然とミロをみつめた。
「ま、自分でイライラしてるなと思ったら、これでも見て機嫌直せよ」
少し照れくさそうにミロは笑った。
ついで、そんな自分を誤魔化そうとでもするかのように早口でまくし立てる。
「大体、あんな短い時間で、描いたこともない人物画なんか描けるかよ。しかも油彩でなんて、絶対ムリ!」
だから、あそこまで簡単に騙されるとは思わなかったんだが。
そう彼が自己弁護をするように言い募るところを総合すると、こういうことらしい。
初めから、ミロはあの時間だけで絵を描こうとは考えていなかったのだ。
あのときミロがしたことは、既に製作途中にあった静物画を仕上げること、そして、眠りに落ちた私をデッサンすること。
後日ゆっくりと時間をかけて私の絵を完成させようと、当初からそう目論んでいたという。
何と言ったらよいものか、皆目見当がつかなかった私は、逃げ場を求めるように床に視線を落とした。
どこまでもどこまでも、ミロは私を困らせる。
これほどまでに大切にされる価値など、私にはない。
「どうした? あまりに嬉しくて言葉もない?」
肯定することもできずに俯いたまま黙り込むと、くすりと笑ったミロに背中からそっと引き寄せられた。
「とりあえず、お祝いだけでも言わせてよ。誕生日おめでとう、カミュ」
普段なら、幼い子供をあやすような彼の態度に腹を立て、腕を振り払っているところだった。
それなのに、何故か今は、抱きしめられた腕の中で素直に頷いている自分がいた。
この腕の温もりを非常に心地よいものに感じ、もうしばらくこうしていたいと願ってしまうことも、我がことながら不思議でならなかった。
扉を開けると、雪の舞い散る夜闇の中、相変わらずの太陽のような笑顔を浮かべてミロが立っていた。
「お約束の品、お届けにあがりました」
おどける彼が手にした大きな荷物にちらりと視線を走らせると、私は脇へ寄った。
中へ入るように仕草で促すと、ミロは待ちかねていたように肩に積もった雪を払い落としつつ家の中へ飛び込んでくる。
さして広くもない家をぐるりと見渡すと、彼は訝しそうに首を傾げた。
「あれ、おまえの不肖の弟子は?」
「今、風呂に入ってる。ちょうどいいときに来たな」
「なんで?」
「おまえのように喧しい男がいたら、修行の妨げになる」
不満げにむくれるミロの顔が可笑しくてつい小さく笑うと、彼もまたつられたように笑顔をみせた。
「まあ、いいや。俺は弟子じゃなくて師匠に会いに来たんだし」
「……おまえは届け物に来ただけだろう」
そう言い放つと、ミロは大げさに肩をすくめてみせた。
「冷たいなー、カミュ。俺は心底弟子に同情するね」
「安心しろ。弟子にはもっと優しい態度を示している」
うそぶく私に呆れたか、ミロはそれ以上何も言おうとせず、無言のまま持参した荷物の梱包を解き始める。
雪の被害を警戒したのだろう。
かなり厳重に包みこまれていたのは、先日彼が描いた絵だ。
絵の巧拙など私にはわからないが、この瑞々しい果物の絵を飾れば、殺風景な家も少しは潤うような気がした。
だから、私は遠慮なく彼の作品を貰うことにしたのだ。
「これが、こないだの絵だろ。それから……」
やけに荷物が大きいと思ったら、どうやら彼が持参した絵は一枚だけではないらしい。
ミロはあのときの静物画を私に手渡すと、ついでもう一枚の絵を大切そうに取りだした。
「……これは、おまえに。弟子の目につかないところに隠しとけ」
私は言葉を失った。
そこに描かれていたのは、私だった。
いや、紅い髪だから多分私だろうと推測ができる、と言う方が正しいかもしれない。
自分の寝姿など客観的に見たことがないから、これが私だという断言はできないのだ。
私に言えるのはただ、この長椅子に横たわった睡夢の囚われ人が、とても安らいだ幸せそうな表情をしているように見えるということだけだった。
その眠りを妨げることが罪悪に思われるほどの、あらゆる憂慮から解き放たれ楽しい夢にたゆたうような姿には、彼を見守る絵師の優しい想いが溢れているような、そんな気がした。
思いもかけない贈り物に戸惑った私は、茫然とミロをみつめた。
「ま、自分でイライラしてるなと思ったら、これでも見て機嫌直せよ」
少し照れくさそうにミロは笑った。
ついで、そんな自分を誤魔化そうとでもするかのように早口でまくし立てる。
「大体、あんな短い時間で、描いたこともない人物画なんか描けるかよ。しかも油彩でなんて、絶対ムリ!」
だから、あそこまで簡単に騙されるとは思わなかったんだが。
そう彼が自己弁護をするように言い募るところを総合すると、こういうことらしい。
初めから、ミロはあの時間だけで絵を描こうとは考えていなかったのだ。
あのときミロがしたことは、既に製作途中にあった静物画を仕上げること、そして、眠りに落ちた私をデッサンすること。
後日ゆっくりと時間をかけて私の絵を完成させようと、当初からそう目論んでいたという。
何と言ったらよいものか、皆目見当がつかなかった私は、逃げ場を求めるように床に視線を落とした。
どこまでもどこまでも、ミロは私を困らせる。
これほどまでに大切にされる価値など、私にはない。
「どうした? あまりに嬉しくて言葉もない?」
肯定することもできずに俯いたまま黙り込むと、くすりと笑ったミロに背中からそっと引き寄せられた。
「とりあえず、お祝いだけでも言わせてよ。誕生日おめでとう、カミュ」
普段なら、幼い子供をあやすような彼の態度に腹を立て、腕を振り払っているところだった。
それなのに、何故か今は、抱きしめられた腕の中で素直に頷いている自分がいた。
この腕の温もりを非常に心地よいものに感じ、もうしばらくこうしていたいと願ってしまうことも、我がことながら不思議でならなかった。