珈琲
「ミルクだけでよかったな」
そう言って、カミュは熱いコーヒーを差し出した。
「お、サンキュ」
受け取った俺は、火傷しないように注意しつつ、舌先だけちろりとカップに口をつける。
満足、満足。
カミュの記憶力の良さはこんなところにも表れるようで、数ヶ月ぶりの再会だというのに、しっかり俺の好みの味を作り出してくれていた。
本当はブラックで飲めた方がカッコイイんだが、まだちょっと俺の味覚はその苦味ばしったコーヒーの良さをわかるほどには大人になっていない。
もっとも、カミュに至っては砂糖もミルクも恐ろしいほどたっぷりいれた、およそコーヒーと呼ぶのが憚られるような甘ったるい謎の液体なのだから、まだ俺はマシな方だろう。
ほんの少しの優越感と共に、俺はカミュをちらりと見た。
猫舌のカミュは、両手でカップをくるみこみ、ふうふうと無心に息を吹きかけていた。
その光景に、何故か間違い探しのような違和感を覚えた俺は、じっくりとカミュの様子を観察してみた。
「……あれ?」
疑問は程なく解ける。
「どうした?」
訝しげに眉をひそめて、カミュはカップから俺へと視線を動かした。
「おまえ、何飲んでんの?」
「コーヒーだが?」
「嘘ばっか。いつもと色違うじゃん」
カミュは手にしたカップに瞳を落とし、合点がいったように小さく頷いた。
「最近、ミルクを入れなくなったからな。そのせいだろう」
嗜好の変化。
それは誰にでもあることで、何ら咎めるべきことではないのは十分わかっていたが、それがカミュに関する限り話は別だ。
俺は、カミュの幼馴染で、親友で、これから恋人の地位だって手に入れようとしている欲張りな男なのだ。
俺が知らないところでカミュが変化していくのは、なんとなく面白くない。
しかも、あの味覚音痴なコーヒーを好んだカミュが、俺よりも色の濃い苦そうな液体を口にしているのだ。
何が原因だったのか。
コーヒーをブラックで飲むような、そんな誰かの影響を受けたのか。
嫌な胸騒ぎを覚えた俺は、平静を装いつつ訊いてみた。
「……シュラとか、こっちに来るのか?」
「いや、こんなところまで来る物好きはおまえくらいだ」
ブラックコーヒーで真っ先に思い浮かんだ人物が変化の理由ではないらしい。
不思議そうな顔をして俺を見るカミュに、少しだけ安堵した俺は直球勝負をかけてみた。
「じゃ、なんでコーヒーにミルクいれなくなったんだ?」
「ミルクを切らすことが多くてな」
「……は?」
「どうせなら、伸び盛りの子供たちにたくさん飲ませてやりたいだろう?」
しいて理由を挙げればそれくらいだ、と、カミュはけろりと言い放つと小さく笑った。
「その代わり、砂糖は相変わらずだ。飲んでみるか?」
自分が飲んでいたカップを差し出すカミュに、俺は頷いた。
あくまでさりげなく、カミュが口付けた飲み口に静かに唇を重ねる。
こんなささやかな喜びで満足している俺は、やはりまだまだ子供なのだろう。
カミュのコーヒーはそのダークな色とは裏腹な甘さで、それを美味しいと思ってしまう俺もカミュも、やはり大人には程遠いのかもしれない。
口の中に残る甘味を味わいながら、それでも今はまだこの子供じみた甘い関係を味わっていればいいと、俺はそう思うことにした。
「ミルクだけでよかったな」
そう言って、カミュは熱いコーヒーを差し出した。
「お、サンキュ」
受け取った俺は、火傷しないように注意しつつ、舌先だけちろりとカップに口をつける。
満足、満足。
カミュの記憶力の良さはこんなところにも表れるようで、数ヶ月ぶりの再会だというのに、しっかり俺の好みの味を作り出してくれていた。
本当はブラックで飲めた方がカッコイイんだが、まだちょっと俺の味覚はその苦味ばしったコーヒーの良さをわかるほどには大人になっていない。
もっとも、カミュに至っては砂糖もミルクも恐ろしいほどたっぷりいれた、およそコーヒーと呼ぶのが憚られるような甘ったるい謎の液体なのだから、まだ俺はマシな方だろう。
ほんの少しの優越感と共に、俺はカミュをちらりと見た。
猫舌のカミュは、両手でカップをくるみこみ、ふうふうと無心に息を吹きかけていた。
その光景に、何故か間違い探しのような違和感を覚えた俺は、じっくりとカミュの様子を観察してみた。
「……あれ?」
疑問は程なく解ける。
「どうした?」
訝しげに眉をひそめて、カミュはカップから俺へと視線を動かした。
「おまえ、何飲んでんの?」
「コーヒーだが?」
「嘘ばっか。いつもと色違うじゃん」
カミュは手にしたカップに瞳を落とし、合点がいったように小さく頷いた。
「最近、ミルクを入れなくなったからな。そのせいだろう」
嗜好の変化。
それは誰にでもあることで、何ら咎めるべきことではないのは十分わかっていたが、それがカミュに関する限り話は別だ。
俺は、カミュの幼馴染で、親友で、これから恋人の地位だって手に入れようとしている欲張りな男なのだ。
俺が知らないところでカミュが変化していくのは、なんとなく面白くない。
しかも、あの味覚音痴なコーヒーを好んだカミュが、俺よりも色の濃い苦そうな液体を口にしているのだ。
何が原因だったのか。
コーヒーをブラックで飲むような、そんな誰かの影響を受けたのか。
嫌な胸騒ぎを覚えた俺は、平静を装いつつ訊いてみた。
「……シュラとか、こっちに来るのか?」
「いや、こんなところまで来る物好きはおまえくらいだ」
ブラックコーヒーで真っ先に思い浮かんだ人物が変化の理由ではないらしい。
不思議そうな顔をして俺を見るカミュに、少しだけ安堵した俺は直球勝負をかけてみた。
「じゃ、なんでコーヒーにミルクいれなくなったんだ?」
「ミルクを切らすことが多くてな」
「……は?」
「どうせなら、伸び盛りの子供たちにたくさん飲ませてやりたいだろう?」
しいて理由を挙げればそれくらいだ、と、カミュはけろりと言い放つと小さく笑った。
「その代わり、砂糖は相変わらずだ。飲んでみるか?」
自分が飲んでいたカップを差し出すカミュに、俺は頷いた。
あくまでさりげなく、カミュが口付けた飲み口に静かに唇を重ねる。
こんなささやかな喜びで満足している俺は、やはりまだまだ子供なのだろう。
カミュのコーヒーはそのダークな色とは裏腹な甘さで、それを美味しいと思ってしまう俺もカミュも、やはり大人には程遠いのかもしれない。
口の中に残る甘味を味わいながら、それでも今はまだこの子供じみた甘い関係を味わっていればいいと、俺はそう思うことにした。