無憂宮
読書


 読書中のカミュを見るのが好きだ。
 書物の中の世界に没頭するあまり、俺がじっとみつめていることにあいつは気づかない。
 そのせいか、つんと取り澄ましたいつもの仮面を忘れさせてしまうほどに、カミュの表情はこのときだけは豊かになる。
 わずかに眉根を寄せているときは小難しい専門書、口元に持っていった拳に軽く歯を立ててるときは泣かせる小説。
 その顔からどんな本を読んでいるのか、傍で見ているだけで容易にわかってしまうくらいだった。
 だがそれも余りに長時間に及ぶと、いささか俺は退屈してしまう。
 本に集中するあいつの隙を突き、俺は音もなく忍び寄ってみた。
 頁に影が落ちないよう細心の注意を払った甲斐があり、あいつは本に囚われたままだ。
 これだけカミュの関心を集められる物の存在を少し妬ましく思いながらも、俺は前触れもなくカミュの手から本を取り上げた。
 驚いたカミュが俺を見上げる。
 この瞬間の、カミュの呆けたような無垢な表情が好きだった。
 現状認識に戸惑ったままのカミュが無抵抗に俺のキスを受け止めるのも、大好きだった。
 だから俺は、読書中のカミュを見るのが好きなのだ。


 ああ、まただ。
 また、ミロの視線が絡みつく。
 長い付き合いだから、あいつが望んでいることも薄々察しはつく。
 自分がそれを決して厭っているわけではないこともわかっているが、そう認めるには羞恥が勝る。
 だから、私は書物に逃げる。
 ミロの視線に気づかない振りをして頁を繰っているうちに、振りが振りではなくなっていく。
 本に引き込まれ、私にねっとりと纏わりつく蒼い瞳を忘れかけた頃、ミロは猫のように足音を顰めて動き出す。
 そのミロの行動に気づくのは突然本を取り上げられてからなのだが、その度に私はどこかで安堵していた。
 私はあくまで受身だった。
 私はミロに、キスをされて、いるのだ。
 羞恥心と自尊心を誤魔化しながら、そうして自分の欲望をも満足させている私は、我ながらずるいと思う。
 それでも、ミロがこの状態を許してくれるかぎり、私は彼に甘え続けてしまうのだろう。
 私は内心で謝罪と感謝の言葉を述べつつ、ミロの背にしっかりと腕を廻して抱き寄せた。

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