無憂宮
花火


 氷河の置き土産だという花火は、俺が想像していたものとは随分違っていた。
 「……不服か?」
 落胆を隠せない俺に、カミュが冷たく言い放つ。
 「いや、そうじゃないけどさ。花火ってのは、もっとこう豪快なんじゃないの?」
 オレが脳内に描く花火は、夜空を彩る色とりどりの明滅と轟音と白煙が織り成す芸術だ。
 ところが、カミュが手にするのは、一息どころか一瞬のまばたきが起こす空気の流れでさえ消えてしまいそうなか細い光だった。
 慎ましやかに手元で弾け踊るような火花は、線香花火。
 土産というより、どうみても散々遊んだ残り物の花火を押し付けたとしか思えなかった。
 「派手な打ち上げ花火が見たいのなら、サガに頼めばいい。心行くまで体験させてくれると思うが」
 「……いや、あれは花火じゃなくて爆発だし」
 謹んでその提案をお断りすると、カミュは勝ち誇ったように笑いながら、燃え尽きた花火に手を近づけた。
 みるみる凍りつくそれを無造作に打ち捨てると、カミュは新しい花火を俺に手渡す。
 俺も倣って火をつけてみたが、どういうわけだか花火の先に弱々しく灯っていた火の玉は、カミュのそれとは違いすぐに落ちてしまった。
 「落ち着きなく動くからだ」
 不良品かと疑う俺の気持ちを察したか、カミュは冷たく言い放つ。
 花火を手にするカミュをみると、確かに先ほどからじっと動かない。
 儚い輝きを惜しむように、呼吸すらひそめてうっとりと瞬く光をみつめるカミュの表情は、妙に色っぽかった。
 俺はさながら炎に誘われる虫のように、ふらふらとカミュに近づいた。
 訝しげに振り返るカミュの隙をつき、盗み取るようにキスをする。
 「……火が落ちた」
 羞恥に頬を染めながら、やがてカミュはぶっきら棒に呟いた。
 「折角の花火を、どうしてくれる」
 照れ臭さを隠そうとしてか、カミュは殊更不機嫌そうに俺を睨みつける。
 この相変わらずの天邪鬼ぶりが俺は大好きで、ついついからかいたくなってしまうのだ。
 「ああ、悪い。つい……」
 「つい、じゃない。もう残り少ないのに、無駄にさせるな」
 口を尖らせるカミュをみていると、もう一度口付けたい衝動に駆られる。
 かろうじてその欲望を抑えた俺は、すっと立ち上がった。
 「……そんなに花火がみたけりゃ、天蠍宮に来いよ」
 訝しげなカミュに後ろ手で手を振ると、俺はゆっくりと歩き出した。
 「ま、意味がわかったら来い」
 背中に感じるカミュの視線をくすぐったく味わいながら、俺は宝瓶宮を後にした。


 そして、俺は今、自宮の寝室にいる。
 カミュがここに来るかどうかは、一種の賭けだった。
 俺の意図をあいつが察して誘いに乗ってくれば儲けものだし、残念ながらそうならなくても今夜はそれでいいような気もしていた。
 ただ俺は、そうしてカミュと一見不可解な遣り取りをすることに奇妙な喜びを見出していたのだ。
 刺激と緊張。
 平穏な日常の中にそんな昂揚感を求めてしまうのは、やはり俺が戦いに身を置く方が性にあっているせいかもしれない。
 そんなことをつらつらと考えているうちに、俺はカミュの気配が近づいてくるのを察した。
 階段を下り、入り口の扉を開け……。
 その迷うことのない足取りに、俺は賭けに勝ったことを知った。
 寝室の戸口の前で、カミュはようやく躊躇うように立ち止まる。
 「入れよ」
 機先を制して声をかけると、カミュはそろそろと扉を開けた。
 「……花火をみせてくれると、おまえが言ったから」
 わざと視線をそらして淡々と告げる様子から、カミュは俺の意図をしっかりくみながらも、そうでない振りを装っているのは明らかだった。
 数日前の夜、忘我の極みに達したカミュは、そのときのことを脳裏に赤い火花が散ったと言っていた。
 想像するに、線香花火のような赤い閃光だったのだろうと思ったのだが、こうしてカミュがやって来たところをみるに俺の想像は正しかったらしい。
 「ああ、みせてやるよ」
 おいで、と、手を伸ばすと、カミュはつんと取り澄ました表情のまま足を踏み出した。
 あと五歩、あと三歩。
 ゆっくりと近づいてくるカミュを、俺は舌なめずりをしながら待ち構えた。

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