無憂宮



 隣に眠る人の呼吸に耳を澄ます。
 規則正しい安らかな寝息。
 サガが眠りの淵にあることを確認したカミュは、そっと上体を起こした。
 起こさないように細心の注意を払いつつそろそろと伸ばした手は、ゆっくりとサガの胸を覆う上掛けをめくる。
 小さな明かりが寝顔に届かないように気をつけながら、じっと目を凝らしてカミュはサガの半身をみつめた。
 二人が夜を共にするのは、聖戦後、消滅したはずの肉体を得て再び甦って以来、初めてのことだ。
 久々にサガの胸に抱き寄せられたカミュは記憶と違う感触にわずかな不審を覚えた。
 さりげなく指を滑らせると、ちょうどサガの胸の真ん中あたりに引きつったような傷があるのがわかった。
 カミュがよく知るサガにはなかったものだ。
 訝しさに戸惑ったが、カミュの身体を熟知した手馴れた愛撫に翻弄され、それを質す余裕などすぐになくしてしまった。
 肌を滑る長い指もそこかしこに落とされる口付けも以前と少しも変わらぬものだったから、安心してしまったせいもあるだろう。
 だが、一頻り乱れた後に訪れた静寂の中一人眠れずにいると、次第に違和感が高まってきた。
 結果、誘惑に抗しきれなくなり、カミュはこっそりとあの傷の正体を確かめようとしたのだ。
 サガの裸身にそっと視線を向けるカミュの瞳が曇る。
 やはり、気のせいではなかった。
 胸に残る痛々しい傷跡にカミュは思わず眉を顰めた。


 「……気になるかい」
 突如かけられた声に振り向くと、眠っていたはずのサガの笑いを含んだ瞳とぶつかった。
 「……すみません、起こしてしまいましたか」
 静かに静かにサガの眠りを妨げないよう気をつかったつもりだったが、眠りの浅いサガには無駄だったようだ。
 悪戯をみつかった子供のように縮こまるカミュに微笑みかけつつ、サガはゆっくりと上体を起こす。
 そっと持ち上げられたサガの手が、静かに胸の傷を撫でた。
 「これは、あのとき自らつけた傷だよ」
 カミュもサガも命を落とした十二宮での戦いは、首謀者であるサガが自ら胸を突き命を落とすことで幕が引かれた。
 そのときの傷ならば、サガよりも先に冥府に旅立ったカミュが知らないのも無理はない。
 「戒めのためにそのまま残しておこうと思う。君には不評かもしれないがね」
 やはり傷の存在に当初困惑していたカミュの内心など、お見通しなのだろう。
 カミュはその傷におずおずと手を重ねてみた。
 掌越しにサガの心臓の鼓動が響いてくる。
 生きている。
 訳もなく泣きたくなった。


 「……この傷のことは、他に誰か知っていますか?」
 「いや。人前で服を脱ぐこともないからね。君だけだろうな」
 何故そんなことを、と不思議そうに瞳で問いかけるサガに、カミュは笑みを浮かべてみせた。
 「嬉しいんです。私しか知らないサガの秘密があるということが」
 自戒のためのしるべなど必要ない。
 そんなものが無かろうと、サガは自らが犯した罪を忘れることはない。
 それならば、この傷は、カミュの独占欲を満足させるものとして捉えてもよいだろう。
 そう詰め寄るカミュに、サガは小さく息を吐いた。
 「……なるほど。君には敵わないな」
 自責の念に囚われ必要以上に自らを苛むことがないように、カミュはその傷痕の趣旨を変えてしまおうとした。
 その意図さえもサガは察しているのだろう。
 しかしカミュは殊更に気付かない振りをした。
 「だから、この傷は誰にもみせないでください。私だけが知っていればいい」
 聞き分けのない子供のようにせがむと、カミュはサガの胸にそっと顔をうずめた。
 「仕方がないね、君の頼みなら」
 少しほっとしたような声で囁くと、サガは優しくカミュの髪を撫でてくれた。
 カミュはうっとりと瞳を閉じた。
 髪を撫でるサガの掌と頬に触れる傷の感触を味わいつつ、カミュは静かに眠りに落ちていった。

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