休息
「……またダウンか?」
呆れ果てたと言わんばかりのミロの口調にも反論する元気がないのか、枕に顔を埋めていたカミュはちらりと視線だけを上向ける。
ベッドサイドの椅子を引き寄せどっかと座ったミロは、覆いかぶさる前髪をかき分けカミュの額に手をあてた。
少し熱があるのか、しっとりと湿った肌が掌に吸い付いてくる。
ミロの口から思わず溜息が漏れた。
「予約しといた店、キャンセルしなきゃな」
「……すまない」
「ホントにそう思ってる?」
ミロには珍しい労りの欠片もない冷たい言葉に、カミュは物言いたげにじっと見上げてきた。
「おまえ、最近帰って来る度にコレじゃん。ろくに体調管理も出来てないってことだろ」
カミュが帰って来たら、どこに連れて行ってやろう。
どこに行けば、カミュの喜ぶ顔が見られるだろう。
そうして数日前から嬉々として立てていた計画が頓挫したことへの八つ当たりも、少しは含まれていた。
しかし、それ以上にミロにとって腹立たしいのは、カミュの自分自身に対する関心の低さだった。
弟子の体調には神経質なほどに気を配るのに、カミュは自分のことには余りに無頓着すぎる。
そのつけがここで一気に出ているのだと思うと、甲斐甲斐しく看病してやる前に一言くらい文句を言わずにはいられなかった。
「……そう言われてしまうと言葉もないな」
面目なさげに呟いたカミュは、隠れようとでもするように顔の中ほどまで毛布を引き上げた。
「向こうでは気を張っているせいか、多少無理しても平気なんだが……」
毛布の下からくぐもって聞こえてくる言い訳に、ミロはふと耳をそばだてた。
「……じゃ、こっちでは気を抜いてるってことか?」
「……」
しばらく無言のまま自分の言葉の意味を反芻していたらしいカミュは、やがてぐいと頭の上まで毛布引っ張り上げると、子供のようにその中に潜り込む。
その様子を一部始終見守っていたミロは、くすりと笑った。
「なあ、カミュ。結局それって、俺の顔を見るとほっとするって、そういうこと?」
返事はなかった。
毛布の下でひたすら身を縮めて硬直しているカミュに、ミロは笑いを押し殺しつつ呼びかけた。
「カミュ?」
「……おまえの間抜け面を見ると気が抜けるのは確かだ」
不貞腐れたような小さな声がかろうじて聞こえた。
耐えかねたミロの口からくつくつと笑いがこぼれた。
「そりゃ申し訳ない。お詫びに子守歌でも歌ってやるから、大人しく寝ろよ」
「……歌わなくていいから寝かせてくれ」
「じゃ、何でもいいから寝てろ」
相変わらず減らず口だけは達者なカミュに苦笑を禁じえずも、ミロはぽんと毛布の山を軽く叩くと静かに立ち上がった。
今日のデートは残念ながら中止だ。
また次の機会に快く迎えてもらうためにも、予約していた店にキャンセルの電話をいれねばならなかった。
やがて、電話を終えたミロが部屋に戻ってくると、寝台からは早くも規則正しい寝息が聞こえてきていた。
顔に覆いかぶさったままの毛布をわずかにめくると、息苦しかったのか、ほんの少しカミュの表情が和らぐ。
「……寝顔だけは素直なんだけどな」
そう呟いたミロは優しく微笑み、子守歌を自粛するかわりにおやすみのキスだけ捧げることにした。
「……またダウンか?」
呆れ果てたと言わんばかりのミロの口調にも反論する元気がないのか、枕に顔を埋めていたカミュはちらりと視線だけを上向ける。
ベッドサイドの椅子を引き寄せどっかと座ったミロは、覆いかぶさる前髪をかき分けカミュの額に手をあてた。
少し熱があるのか、しっとりと湿った肌が掌に吸い付いてくる。
ミロの口から思わず溜息が漏れた。
「予約しといた店、キャンセルしなきゃな」
「……すまない」
「ホントにそう思ってる?」
ミロには珍しい労りの欠片もない冷たい言葉に、カミュは物言いたげにじっと見上げてきた。
「おまえ、最近帰って来る度にコレじゃん。ろくに体調管理も出来てないってことだろ」
カミュが帰って来たら、どこに連れて行ってやろう。
どこに行けば、カミュの喜ぶ顔が見られるだろう。
そうして数日前から嬉々として立てていた計画が頓挫したことへの八つ当たりも、少しは含まれていた。
しかし、それ以上にミロにとって腹立たしいのは、カミュの自分自身に対する関心の低さだった。
弟子の体調には神経質なほどに気を配るのに、カミュは自分のことには余りに無頓着すぎる。
そのつけがここで一気に出ているのだと思うと、甲斐甲斐しく看病してやる前に一言くらい文句を言わずにはいられなかった。
「……そう言われてしまうと言葉もないな」
面目なさげに呟いたカミュは、隠れようとでもするように顔の中ほどまで毛布を引き上げた。
「向こうでは気を張っているせいか、多少無理しても平気なんだが……」
毛布の下からくぐもって聞こえてくる言い訳に、ミロはふと耳をそばだてた。
「……じゃ、こっちでは気を抜いてるってことか?」
「……」
しばらく無言のまま自分の言葉の意味を反芻していたらしいカミュは、やがてぐいと頭の上まで毛布引っ張り上げると、子供のようにその中に潜り込む。
その様子を一部始終見守っていたミロは、くすりと笑った。
「なあ、カミュ。結局それって、俺の顔を見るとほっとするって、そういうこと?」
返事はなかった。
毛布の下でひたすら身を縮めて硬直しているカミュに、ミロは笑いを押し殺しつつ呼びかけた。
「カミュ?」
「……おまえの間抜け面を見ると気が抜けるのは確かだ」
不貞腐れたような小さな声がかろうじて聞こえた。
耐えかねたミロの口からくつくつと笑いがこぼれた。
「そりゃ申し訳ない。お詫びに子守歌でも歌ってやるから、大人しく寝ろよ」
「……歌わなくていいから寝かせてくれ」
「じゃ、何でもいいから寝てろ」
相変わらず減らず口だけは達者なカミュに苦笑を禁じえずも、ミロはぽんと毛布の山を軽く叩くと静かに立ち上がった。
今日のデートは残念ながら中止だ。
また次の機会に快く迎えてもらうためにも、予約していた店にキャンセルの電話をいれねばならなかった。
やがて、電話を終えたミロが部屋に戻ってくると、寝台からは早くも規則正しい寝息が聞こえてきていた。
顔に覆いかぶさったままの毛布をわずかにめくると、息苦しかったのか、ほんの少しカミュの表情が和らぐ。
「……寝顔だけは素直なんだけどな」
そう呟いたミロは優しく微笑み、子守歌を自粛するかわりにおやすみのキスだけ捧げることにした。