入浴
バスルームの扉を開けると同時に水のはねる音がした。
ノックもしなかった俺が悪いのか、こちらを振り返るや否やバスタブに身を沈めたカミュがその音源だ。
「……俺もシャワー浴びたいんだよ」
何をしに来たとでも言いたげに睨むカミュに言い訳めいた台詞を放ると、カミュはふいと顔を背けた。
無理もない。
シャワーが必要なほど俺の身体をべたつかせた責任の半分は、カミュにある。
と言っても、まあ、お互いさまなんだけど。
さっきまでシーツの波で繰り広げられていた戯れを思い起こし小さく笑った俺は、奥のシャワーブースに足を進めた。
ざっと身体を洗い流しつつちらりとカミュを見ると、彼は乳白色の湯の中で至極満足そうにたゆたったまま一向に出て行く気配がない。
こと俺の前にかぎっては、カミュは自分の快楽にはえらく忠実だ。
気だるい身体を優しく包みこむ湯がひどくお気に召したのだろう。
この分だと、俺が浴槽に向かったところで、カミュが俺のために場所を明け渡すなどという殊勝な振る舞いに及ぶとはとても考えられない。
それなら。
むくむくと湧き上がる悪戯心を気取られないよう、俺は静かに蛇口を閉めカミュの方に向き直った。
「詰めてよ、狭い」
案の定まだまだ風呂に居座るつもりらしいカミュは、渋々ながらもバスタブの中を少し移動した。
カミュが足を少しだけ折り曲げてくれれば、背中越しにカミュを抱く格好で、狭いながらも二人一緒に湯船につかれる。
顔をみられないのは少し残念だが、向かい合って入るよりもこの体勢の方がお互い居心地がいいことは、今までの経験上よくわかっていた。
「ぬるっ! 何だよ、これ、温水?」
これも、経験上容易に予測可能だったことだ。
カミュの好みの湯温は俺のそれよりもはるかに低い。
「あまり熱い湯は体によくないのだぞ」
しれっと答えるカミュの声に含まれたそこはかとなく得意げな響きが、感に触る。
どこから仕入れてきた知識なのか知らないが、自分の嗜好を補強する理論ならば、カミュはこれ幸いとばかりに大上段に振りかざす。
俺が熱めの風呂を好きだと知っていながら、歩み寄る意志などこれっぽっちもないことは明らかだ。
カミュがそういうつもりなら、遠慮なく反撃させてもらったところで不都合はあるまい。
目の前の背中に向かい密かに宣戦布告をした俺は、水を吸って重く垂れる真紅の髪を両手でぎゅっと束ね上げた。
内奥の熱を透かしてほんのりと色づいた、薄布のランプシェードを思わせるように上気した肌が露になる。
「何だ?」
不審そうに振り向いたカミュが問いかける。
「カミュ、勝負しよう」
俺は無邪気を装い、にこりと笑ってみせた。
背中に指で書いた文字を当てる。
幼い頃よくやった遊びだ。
呆れながらも懐かしくなったのか、湯の温度をかけたこの子供じみた勝負に、カミュはすんなりと乗ってきた。
「じゃ、俺からな」
俺は人差し指をカミュの肩に置いた。
しばらく一点に留まったあと、そっと指を滑らせる。
やがて、次第にカミュの身体を覆い始めた緊張を指先が感じとった。
肌を這い回る指と時折立てられる爪が、つい先程まで燃え盛っていた情欲の炎を再び呼び覚ましつつあるのだろう。
思惑通りだ。
まだまだカミュの身体は面白いくらい刺激を敏感すぎるほどに感じ取る。
にやりと笑った俺は、強張るカミュの肩をぺろりと舐めた。
「な……!」
びくりと跳ね上がったカミュが、派手な水音を立てる。
「あ、ごめん、間違えたから。消しゴム代わりな、今の」
しれっとそう言い放った俺は、勝利を確信しつつ仕上げに取り掛かることにした。
「あ、ついでにも一つごめんだけど、文、長すぎた。背中だけじゃ書ききれないわ」
言うなり、俺は背を撫でる指を脇腹から胸へと滑らせた。
途端に身を強張らせたカミュが小さく悲鳴を上げる。
「……ミロ、ちょっと、何す……」
「ハズレ。そんなの一っ言も書いてないけど」
込み上げてくる笑いを抑えながらカミュの髪を束ねていた手を解くと、紅の髪がカミュの背に流れ落ちた。
まるで敗北の証のようなその髪に、俺はかるく口付けた。
「俺の勝ちな。湯、熱くするぞ」
返事はなかった。
ただ、うな垂れるカミュの呼吸がわずかに荒くなってきただけだ。
満足した俺が小宇宙で念じて蛇口を開くと、浴室に滔々と湯音が響き渡る。
「じゃ、次の問題な。遠慮なく声出していいぞ」
流れ出る湯音に消されないように俯くカミュの耳元で囁いたが、やはり返事などなかった。
それを無言の肯定と受け止めることとして、小さく笑った俺は再びカミュの滑らかな肌を味わうべくそっと指を走らせた。
バスルームの扉を開けると同時に水のはねる音がした。
ノックもしなかった俺が悪いのか、こちらを振り返るや否やバスタブに身を沈めたカミュがその音源だ。
「……俺もシャワー浴びたいんだよ」
何をしに来たとでも言いたげに睨むカミュに言い訳めいた台詞を放ると、カミュはふいと顔を背けた。
無理もない。
シャワーが必要なほど俺の身体をべたつかせた責任の半分は、カミュにある。
と言っても、まあ、お互いさまなんだけど。
さっきまでシーツの波で繰り広げられていた戯れを思い起こし小さく笑った俺は、奥のシャワーブースに足を進めた。
ざっと身体を洗い流しつつちらりとカミュを見ると、彼は乳白色の湯の中で至極満足そうにたゆたったまま一向に出て行く気配がない。
こと俺の前にかぎっては、カミュは自分の快楽にはえらく忠実だ。
気だるい身体を優しく包みこむ湯がひどくお気に召したのだろう。
この分だと、俺が浴槽に向かったところで、カミュが俺のために場所を明け渡すなどという殊勝な振る舞いに及ぶとはとても考えられない。
それなら。
むくむくと湧き上がる悪戯心を気取られないよう、俺は静かに蛇口を閉めカミュの方に向き直った。
「詰めてよ、狭い」
案の定まだまだ風呂に居座るつもりらしいカミュは、渋々ながらもバスタブの中を少し移動した。
カミュが足を少しだけ折り曲げてくれれば、背中越しにカミュを抱く格好で、狭いながらも二人一緒に湯船につかれる。
顔をみられないのは少し残念だが、向かい合って入るよりもこの体勢の方がお互い居心地がいいことは、今までの経験上よくわかっていた。
「ぬるっ! 何だよ、これ、温水?」
これも、経験上容易に予測可能だったことだ。
カミュの好みの湯温は俺のそれよりもはるかに低い。
「あまり熱い湯は体によくないのだぞ」
しれっと答えるカミュの声に含まれたそこはかとなく得意げな響きが、感に触る。
どこから仕入れてきた知識なのか知らないが、自分の嗜好を補強する理論ならば、カミュはこれ幸いとばかりに大上段に振りかざす。
俺が熱めの風呂を好きだと知っていながら、歩み寄る意志などこれっぽっちもないことは明らかだ。
カミュがそういうつもりなら、遠慮なく反撃させてもらったところで不都合はあるまい。
目の前の背中に向かい密かに宣戦布告をした俺は、水を吸って重く垂れる真紅の髪を両手でぎゅっと束ね上げた。
内奥の熱を透かしてほんのりと色づいた、薄布のランプシェードを思わせるように上気した肌が露になる。
「何だ?」
不審そうに振り向いたカミュが問いかける。
「カミュ、勝負しよう」
俺は無邪気を装い、にこりと笑ってみせた。
背中に指で書いた文字を当てる。
幼い頃よくやった遊びだ。
呆れながらも懐かしくなったのか、湯の温度をかけたこの子供じみた勝負に、カミュはすんなりと乗ってきた。
「じゃ、俺からな」
俺は人差し指をカミュの肩に置いた。
しばらく一点に留まったあと、そっと指を滑らせる。
やがて、次第にカミュの身体を覆い始めた緊張を指先が感じとった。
肌を這い回る指と時折立てられる爪が、つい先程まで燃え盛っていた情欲の炎を再び呼び覚ましつつあるのだろう。
思惑通りだ。
まだまだカミュの身体は面白いくらい刺激を敏感すぎるほどに感じ取る。
にやりと笑った俺は、強張るカミュの肩をぺろりと舐めた。
「な……!」
びくりと跳ね上がったカミュが、派手な水音を立てる。
「あ、ごめん、間違えたから。消しゴム代わりな、今の」
しれっとそう言い放った俺は、勝利を確信しつつ仕上げに取り掛かることにした。
「あ、ついでにも一つごめんだけど、文、長すぎた。背中だけじゃ書ききれないわ」
言うなり、俺は背を撫でる指を脇腹から胸へと滑らせた。
途端に身を強張らせたカミュが小さく悲鳴を上げる。
「……ミロ、ちょっと、何す……」
「ハズレ。そんなの一っ言も書いてないけど」
込み上げてくる笑いを抑えながらカミュの髪を束ねていた手を解くと、紅の髪がカミュの背に流れ落ちた。
まるで敗北の証のようなその髪に、俺はかるく口付けた。
「俺の勝ちな。湯、熱くするぞ」
返事はなかった。
ただ、うな垂れるカミュの呼吸がわずかに荒くなってきただけだ。
満足した俺が小宇宙で念じて蛇口を開くと、浴室に滔々と湯音が響き渡る。
「じゃ、次の問題な。遠慮なく声出していいぞ」
流れ出る湯音に消されないように俯くカミュの耳元で囁いたが、やはり返事などなかった。
それを無言の肯定と受け止めることとして、小さく笑った俺は再びカミュの滑らかな肌を味わうべくそっと指を走らせた。