追いつめる
「……通してくれませんか」
ますます表情を凍りつかせたカミュは、口調だけは年長者に対する礼儀を保ちつつ、立ちはだかる俺をねめつける。
薄笑いを浮かべながらそんなカミュを見下ろした俺は、思わず感嘆の息を漏らした。
比類なき真紅の瞳。
その奥に怒りの炎が揺らめくさまは、なかなかに美しい。
これが、サガを、ミロを、虜にしてきた瞳なのだ。
俺が求めてやまないものを全て手に入れてきた、不遜なまでの贅沢者の。
「……嫌だと言ったら、どうする?」
多少の紆余曲折はあるものの、結果的にはその意に諾々と従う相手に慣れてしまっているのだろう。
いつもと勝手が違うのか、俺の返事を聞いたカミュの表情にかすかに動揺が走る。
だが、怯む自分を隠そうとそれでも精一杯強気な仮面を被ろうとする、そのいじらしい様子は俺の嗜虐心を煽るだけだ。
「助けを呼ぶか? おまえが涙の一つも見せれば、サガもミロも血相変えて飛んでくるだろう?」
カミュは無言で俺を睨むだけだった。
俺の意図するところがわからず、対応に迷っているのだろう。
そう、おまえはわかっていない。
持たざる者の想いは、おまえにはわからない。
当然のようにあいつらの愛情をあふれんほどに注がれてきたおまえには、それを喉から手が出るほどに渇望する者が余所にいることなど、想像すらできないのだ。
あまりに不公平で不愉快で、粉々に壊してやりたくなる。
苛立ちを抑えきれなくなった俺は、前触れもなく手を伸ばしカミュの顎を捕らえた。
ようやく身の危険が切迫していることを悟ったか、逃げ出そうとするその身体を、俺は体格差に物を言わせ壁に押し付け動きを封じた。
背けようとするその顔を無理やり上向かせると、苛烈に燃える双眸がきっと俺を見据えてくる。
「……おまえが悪い」
滅茶苦茶に引き裂いてやりたくなるような歪んだ嫉妬が、ざわざわと俺の全身を這い巡る。
自分が自分でなくなるような不可思議な激情に溺れてしまおうと、後のことはどうとでもなればいいと、そう思った刹那、カミュの唇がかすかに動いた。
聞き取りづらいかすれた声を耳にした俺は、壊さんばかりにカミュを締め付けていた腕から力がすっと抜けていくのを感じた。
だらりと緩んだ罠からのろのろと抜け出した獲物は、奇妙にもこの場から逃げだしもせず、それどころかむしろ気遣わしげな視線を投げてくる。
「……行け」
立ち去りがたげに俺を見るカミュの憐れみを帯びた眼差しが突き刺さるようで、俺はどうしようもなくいきり立った。
「俺の気が変わらんうちに、早く行け!」
怒声が合図になったか、びくりと身を震わせたカミュは弾かれたように駆け出した。
扉が閉まる音を背中で聞いた俺は、がくりとその場に膝をついた。
……どうしてそんな哀しい瞳をするのだ……
カミュの口にした一言が、ただひたすら俺の頭の中に繰り返し響いていた。
「……通してくれませんか」
ますます表情を凍りつかせたカミュは、口調だけは年長者に対する礼儀を保ちつつ、立ちはだかる俺をねめつける。
薄笑いを浮かべながらそんなカミュを見下ろした俺は、思わず感嘆の息を漏らした。
比類なき真紅の瞳。
その奥に怒りの炎が揺らめくさまは、なかなかに美しい。
これが、サガを、ミロを、虜にしてきた瞳なのだ。
俺が求めてやまないものを全て手に入れてきた、不遜なまでの贅沢者の。
「……嫌だと言ったら、どうする?」
多少の紆余曲折はあるものの、結果的にはその意に諾々と従う相手に慣れてしまっているのだろう。
いつもと勝手が違うのか、俺の返事を聞いたカミュの表情にかすかに動揺が走る。
だが、怯む自分を隠そうとそれでも精一杯強気な仮面を被ろうとする、そのいじらしい様子は俺の嗜虐心を煽るだけだ。
「助けを呼ぶか? おまえが涙の一つも見せれば、サガもミロも血相変えて飛んでくるだろう?」
カミュは無言で俺を睨むだけだった。
俺の意図するところがわからず、対応に迷っているのだろう。
そう、おまえはわかっていない。
持たざる者の想いは、おまえにはわからない。
当然のようにあいつらの愛情をあふれんほどに注がれてきたおまえには、それを喉から手が出るほどに渇望する者が余所にいることなど、想像すらできないのだ。
あまりに不公平で不愉快で、粉々に壊してやりたくなる。
苛立ちを抑えきれなくなった俺は、前触れもなく手を伸ばしカミュの顎を捕らえた。
ようやく身の危険が切迫していることを悟ったか、逃げ出そうとするその身体を、俺は体格差に物を言わせ壁に押し付け動きを封じた。
背けようとするその顔を無理やり上向かせると、苛烈に燃える双眸がきっと俺を見据えてくる。
「……おまえが悪い」
滅茶苦茶に引き裂いてやりたくなるような歪んだ嫉妬が、ざわざわと俺の全身を這い巡る。
自分が自分でなくなるような不可思議な激情に溺れてしまおうと、後のことはどうとでもなればいいと、そう思った刹那、カミュの唇がかすかに動いた。
聞き取りづらいかすれた声を耳にした俺は、壊さんばかりにカミュを締め付けていた腕から力がすっと抜けていくのを感じた。
だらりと緩んだ罠からのろのろと抜け出した獲物は、奇妙にもこの場から逃げだしもせず、それどころかむしろ気遣わしげな視線を投げてくる。
「……行け」
立ち去りがたげに俺を見るカミュの憐れみを帯びた眼差しが突き刺さるようで、俺はどうしようもなくいきり立った。
「俺の気が変わらんうちに、早く行け!」
怒声が合図になったか、びくりと身を震わせたカミュは弾かれたように駆け出した。
扉が閉まる音を背中で聞いた俺は、がくりとその場に膝をついた。
……どうしてそんな哀しい瞳をするのだ……
カミュの口にした一言が、ただひたすら俺の頭の中に繰り返し響いていた。