無憂宮
すれ違い


 「…大丈夫なのか?」
 すこし口淀みながらも、カミュはシュラの瞳をまっすぐ見据え、そう尋ねる。
 カミュの言葉が足りないのはいつものことで、だがそれでも意図が汲めてしまう自分を嘲りつつ、シュラはわざと聞き返してやった。
 「何が?」
 「ここのところ、無理をしているようにみえるが」
 無理は、していた。
 というよりも、していないときの方が少ないだろう。
 そうでもなければ、自ら正義に背いておいて、誰が正気でいられるものか。
 それでも、カミュにそんな心配をかけてしまっていたとは、どこかで気が緩んでいたのかもしれない。
 シュラは内心で自戒を新たにすると、ことさらに冷笑を浮かべた。
 「ガキのくせに、いっぱしの口を利くようになったな」
 目論見通り、馬鹿にされたと感じたのだろう。
 カミュは真紅の瞳を燃え立たせて睨みつけてきた。
 いい顔だ。
 シュラは目を細めてカミュを見た。
 冷たい氷の内に静かに燃える怒りの炎が揺らめく。
 この相反するカミュの小宇宙に魅せられて、もうどの位になるだろう。
 しかしそんな述懐などおくびにも出さず、シュラはそれ以上の会話を拒むべく立ち去ろうとした。
 傍を通り抜けながらちらりと横目で見遣ると、カミュは唇をやや尖らせて俯いていた。
 負けん気の強いカミュが必死で涙を堪えようとする、子供の頃から嫌というほどよく見てきた表情だった。
 …やれやれ、手のかかる子供だ。
 苦笑いを押し殺したシュラは、すれ違いざま、カミュの頭を軽くぽんと叩いてやった。
 背後で、驚いたカミュが顔を上げた気配がした。
 見なくても、わかる。
 いつも、こいつはそうだったから。
 きっと今も、不満気な、でもどこか少しほっとした表情で、シュラを見送っているはずだった。
 だからシュラもいつもの通り、後ろを振り返らないまま、耳の横で「じゃあな」と軽く手を振った。
 気遣いに対するささやかな謝意がこの動作に込められていることなど、カミュはおそらく気づいてはいまい。
 気づかせるつもりも、なかった。

CONTENTS