無憂宮
雪路


 「カミュ!」
 雪氷に覆われた地面と苦闘しバランスを崩しかけたカミュに、ミロはくすくす笑いながら手を差し出した。
 凍気を操る聖闘士としては屈辱的なのだろう。
 しばらく不満気にその手を睨みつけていたカミュは、やがて唇を尖らせながらも周囲にさっと視線を走らせる。
 真っ白に染まった視界に自分たち以外誰も存在しないことを確認すると、カミュは不承不承という表情をくずさず、それでも差し出された手をぎゅっと握ってきた。
 「じゃ、行こうか」
 手の中に納まったカミュの手の温もりを味わいながら、ミロは蕩けそうな幸福感と共に一歩足を踏み出した。
 ついで二歩目を踏み出そうとして、過ちに気づく。
 雪溜まりに踏み入れた足は、ミロの意図に反し、前進よりも雪と戯れる方を好んだらしい。
 足元の覚束なさに加え片手をカミュに預けたままでは、さしものミロも姿勢を保てない。
 雪に足をとられ重心を崩したミロは、そのまま雪中に倒れこんだ。
 「……ばか」
 ミロに引きずられる形で雪の中に飛び込まされたカミュが、不機嫌さを隠そうともせずに呟いた。
 「自分の世話もできないくせに、人を支えようとするな」
 「やー、大丈夫だと思ったんだけどね」
 「助けるなら、責任もって最後まで……」
 髪に体に冷たくまとわりつく雪を払い落としながらくどくどと不平を口にするカミュに、ミロは笑顔を向けた。
 「あ、じゃ、家まで手をつないで帰ってくれるつもりだったんだ?」
 一瞬呆けたようにミロをみつめた後、カミュは無言で立ち上がった。
 「……今度は私が手を貸してやろうかと思ったが、気が変わった」
 そのまま振り返りもせずに歩き出す。
 時折足を滑らせ転びそうになりながらも懸命に歩き続けるその後ろ姿を、ミロは笑いを押し殺しつつゆっくりと追いかけた。

CONTENTS