無憂宮
Dessert


 夕食の支度をしていたサガの耳に、宮の扉がけたたましく開けられる音が飛び込んできた。
 続いて、陽気な大声。
 「サガ、サガ、サガー! 教えて!!」
 サガはおたまを持ったまま、首をめぐらせた。
 台所の入口から、ミロが駆け込んできた。
 その後ろには、引きずられるようにしてついて来るカミュ。
 「わ、おいしそ」
 既に出来上がり皿に盛り付けられた料理に、ミロの手が伸びる。
 カミュが小さくミロの背をつついた。
 振り返るミロの顔を見ずに、カミュは俯いたまま呟く。
 「……つまみぐいは、よくない」
 料理まで1センチのところまで伸ばした手を、ミロはさっと引っ込めた。
 そのまま、照れくささをごまかすように、鼻の頭をかく。
 サガは微笑んだ。
 どうやら二人は、いい友達になってくれたようだった。
 「で、何を教えて欲しいんだい?」
 すっかり忘れ去られたような当初の質問に立ち戻ると、ミロはぱっと顔を輝かせた。
 「そうそう、アイスクリーム! どうやって作るの?」
 「アイスクリーム?」
 サガは大きく瞬きをした。
 「そう、アイスクリーム!」
 ミロは楽しそうに笑い、カミュとつないだままの手をぶんぶんと嬉しそうに振る。
 カミュはますます恥ずかしそうに下を向いた。
 「カミュ、すごいんだよ。バラを凍らせられるの」
 「そう、それでアイスクリームか」
 ようやくサガは事態を把握した。
 カミュの力で、アイスクリームを作ろうという計画らしい。
 期待に満ちた顔が注視する中、サガは顎に指をかけて、レシピと冷蔵庫の中身を頭の中でおさらいした。
 「うーん、残念だけれど、今日は生クリームが無いな」
 見る見る失望に覆われるミロの表情に、サガは苦笑した。
 カミュも、ほんの少しだけがっかりしているように見えた。
 「そのかわり、カシスがあるから、あれでシャーベットを作ったらどうだい?」
 「シャーベット?」
 繰り返したミロは、カミュと顔を見合わせた。
 そして極上の笑みで、大きくうなずいた。


 サガは、砂糖煮にしたカシスをボウルにこし入れた。
 紅い液体で満たされた容器を、カミュに手渡す。
 「半分くらい凍らせるつもりで、冷やしてくれるかい?」
 カミュは無言でうなずいた。
 ボウルに目を落とすと、すっと息をつく。
 カミュの手の中で、ボウルの外面が次第に白く曇っていった。
 しばらくして液体が固体になりかけると、サガは今度はミロに向きなおった。
 「手を洗っておいで」
 意味がわからないながらも、ミロは素直に従った。
 彼が戻ってくる頃には、カミュの手にしたボウルは、やや固めの紅いみぞれで一杯になっていた。
 「じゃ、今度はミロの番だよ」
 サガの言葉に、ミロは怪訝な顔をした。
 「え、僕、凍らせられないよ」
 サガは、意味ありげに片目をつぶってみせた。
 「これを、もう少し空気が入るように砕いて、もう一回凍らせればシャーベットになると思うよ」
 しばらく考え込んでいたミロは、突然ひらめいた様子で、両手を打ち鳴らした。
 「あ、そっか。そっか。任せて!」
 不思議そうな顔をするカミュからボウルを取り上げ、テーブルの上に置く。
 サガは容器が動かないように支え持った。
 ミロはカミュに向かって、得意そうに笑った。
 「見てて、これが僕の能力」
 しゃきーん、という声と同時に、天井を指差していたミロの人差し指が変形する。
 突如、真紅の長爪が、現した。
 「いっくぞー!」
 楽しそうに、ミロはボウルをつつきだした。
 固まりかけた氷が砕かれて、あっという間に細かい粒子状になるのを、カミュは目を見張って眺めていた。
 ある程度氷が砕かれたのを確認すると、サガは再びカミュに笑いかけた。
 「じゃ、カミュ。もう一回冷やして。今度は軽くでいいから」
 カミュは微笑んでボウルを手にした。


 食事が終わりに近づくと、ミロは得意げに台所に向かった。
 冷凍庫から、おもむろにシャーベットを取り出す。
 カミュがガラスの小皿によそい、サガに差し出した。
 「カミュと僕の作ったシャーベット、食べて!」
 「じゃ、いただこうか」
 サガは微笑んでスプーンを手にした。
 さくっと小気味いい感触がして、一口分削り取られる。
 期待と不安の混じる視線の中、サガはゆっくりと口内で溶けていく氷を味わった。
 「うん、おいしいよ。ありがとう、二人とも」
 ミロとカミュは、幸せそうに笑顔を交わした。
 「じゃ、僕たちも食べよう」
 ミロはカミュの手をとって再び台所に向かった。
 大騒ぎしながらシャーベットを皿によそうミロの声がした。
 サガは微笑むと、もう一口、口に入れた。
 ほのかに甘く、なぜか氷菓なのに、温かかった。

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