Party
人が集まるのは、苦手だ。
カミュは人知れずため息をついた。
今日は聖域にいる黄金聖闘士が全員集まっての、親睦会という名称のパーティーだった。
今世紀の黄金聖闘士が牡牛座の承継で全員そろった、そのお祝いであり、また聖域に来て日の浅い年少聖闘士が知遇を得る機会も兼ねていた。
もともと子供ばかりの集まりなので、堅苦しい会ではない。
黄道順に定められていた席を、ミロが宝瓶宮の隣がいいと駄々をこねた以外は、さしたる問題もなく進んでいた。
すでに最年長の二人はデザートの用意に別室に下がっており、会は終盤に差し掛かっていた。
残ったほとんどの少年たちは、部屋の一角に集まっている。
アルデバランにミロとアイオリアが二人がかりで腕相撲を挑み、目下三連敗中、そしてそれを冷やかす年中組が周りを囲んでいた。
カミュはその集団の端で、騒ぎを見るともなく見ていたが、頃合をみてテーブルに戻っていった。
喉が渇いたし、あまり騒々しいのも苦手だった。
グラスに手を伸ばしたカミュの手が、ふと止まる。
視線を感じ振り返ると、壁際に置かれた長椅子に一人半跏して座している少年がいた。
東洋風の複雑な衣装をまとった、神秘的な印象の少年である。
今日はじめて会った乙女座のシャカだった。
瞳を閉じたままのシャカの口が開いた。
「君は、何を迷っているのだ?」
「え、何を飲もうかと思って……」
初会話とは思えないほど高飛車な物言いだったが、不思議と腹は立たなかった。
むしろ彼にはその口調がふさわしいようにさえ思えた。
戸惑うカミュに、シャカはいらだたしげに首を振った。
「そうではない。君の小宇宙はひどく揺らめいている。消えかけの灯明のようで、非常に気になるのだ」
なんとかしたまえ、とあくまで高圧的な発言を続けるシャカに、カミュは狼狽した。
無自覚の症状を治すように言われても、何をどうすればよいのかわからない。
と、そこへ、くすくすと笑いながら、救いの手が差し伸べられた。
「そんなことをいっても、カミュが困るだけですよ、シャカ」
やはり今日初対面の牡羊座のムウは、少女のような風貌に楽しげな笑みを浮かべていた。
長椅子に腰を下ろすと、手振りでカミュにも椅子を勧める。
言われるままにカミュは腰掛けたが、初対面の二人に挟まれ、どうにも居心地が悪く落ち着かなかった。
「ほら、まただ。なぜそう君は自分に自信がないのだ」
即座に詰問するシャカに、カミュは何も言い返せず、下を向いた。
他人に心を閉ざし人と会話をすることなく育った彼は、聖域に来てからもまだその習慣が抜けなかった。
よく知らない相手では、なおさらだ。
「あなたくらい自信がありすぎるのも困りものだと思いますけど」
ムウが動じることなく揶揄する。
シャカがわずかに柳眉を逆立てるが、ムウはさらりと受け流した。
「喉が渇きましたね。ジュースでいいですか」
ムウが話題を変えるのに救われたように、カミュは立ち上がる。
飲み物を取りに行こうとした彼を、ムウは制した。
不思議そうなカミュにムウは微笑むと、テーブルに向かって人差し指を立てた。
卓上のピッチャーとグラスが三つ、ムウの手に呼ばれるように空を飛んでくる。
驚くカミュの手にグラスを落とし、ムウは笑いながらジュースを注いだ。
シャカが一口飲み、不満そうに口を尖らす。
「ぬるいな。もう少し冷たいほうがよいのだが」
「贅沢をいうもんじゃありません。会が始まってもう一時間以上経つんですから、仕方ないでしょう」
しばらく黙っていたカミュは、グラスをみつめた。
「それ、ちょっと貸してくれる?」
シャカの手からグラスを受け取ると、カミュは手に小宇宙を集中した。
集められた冷気に、すぐにグラスは白く曇る。
シャカは、ほう、と呟くと、グラスに口をつけた。
「うまいな」
満足そうに微笑むその顔は心より幸せそうで、カミュもつられて微笑んだ。
「シオン様がおっしゃっていました。私たち三人は、聖域以外では生活がしにくいと」
ムウが静かに言葉をつむぐ。
生まれながらに小宇宙に目覚めている黄金聖闘士のなかでも、打撃系の技を持たない彼らは、少々特殊な能力の持ち主だった。
「それでも、私は早くにシオン様に拾われましたし、シャカは悟りを開くことができた。でもカミュは普通であろうとして苦しんだ、と」
「普通である必要などなかろう。授かった能力を存分に使わなくて神仏に申し訳がないではないか」
理解しがたい、という風情のシャカを無視して、ムウはカミュに向き直った。
「下界で辛い経験をしたかもしれませんが、ここではもう少し気楽になってもいいのではありませんか?あなたを疎外する人など、いませんよ」
ムウは大きな瞳に力を込めて、カミュをみつめた。
カミュはその視線を受け止めかねて、またグラスに目をおとした。
たしかに、聖域に来てからは、あまり不愉快な思いをしなくなっていた。
少なくとも十二宮のメンバーは、それぞれが強大な能力を有し、カミュ一人を異端児扱いすることもない。
それでも、長年身についてしまった習性はそう簡単に変えられるものではなかった。
「どうも君は自分を卑下しすぎるようだ。今すぐでなくてもよいが、改めたほうがよかろう」
シャカは、隣に座るカミュには目もくれず、真正面を向いてジュースを飲み干した。
「ムウ、もう一杯もらおうか。カミュ、冷やしてくれたまえ」
カミュとムウは同時に顔を見合わせ、苦笑した。
「まったく、マイペースですね、あなたは」
ムウが呆れながらもジュースを注ぎ、カミュが冷気を放射する。
当然のようにグラスを受け取るシャカに、ムウはいじわるく微笑んだ。
「あまり調子にのっていると、カミュに言っちゃいますよ」
「何をだね?」
「今日カミュと会えるのを、あなたはとても楽しみにしていたって。いつもミロがカミュを独り占めしていますからね」
シャカは思わず目を開けそうになり、慌てて閉じる。
そっぽを向いた頬がみるみる朱に染まっていった。
「さっきのシオン様の言葉を伝えたら、シャカはとても興味を抱いていたのですよ、カミュに」
「……苦しむ者を救うのも、仏の教えにかなうことだ」
「はいはい」
ムウが楽しそうに笑う。
シャカはまた無言でグラスを傾ける。
カミュは少し、笑った。
「ふむ、落ち着いたようだな」
シャカが独り言のように呟いた。
その主語はカミュの心だったのか、ミロたちの腕相撲大会だったのか。
それは、わからなかった。
やがて最年長の二人が大きなケーキを手に戻ってきた。
腕相撲をしていた集団から歓声が上がる。
シュラが十二等分に切ろうと、手刀を構え、あたりをつけている。
「カミュ、早く来いよ」
ミロが振り返って手招きした。
カミュは立ち上がった。
「二人の分をもらってこようか?」
ムウとシャカは嬉しそうにうなずいた。
親睦会はその目的を達したらしかった。
人が集まるのは、苦手だ。
カミュは人知れずため息をついた。
今日は聖域にいる黄金聖闘士が全員集まっての、親睦会という名称のパーティーだった。
今世紀の黄金聖闘士が牡牛座の承継で全員そろった、そのお祝いであり、また聖域に来て日の浅い年少聖闘士が知遇を得る機会も兼ねていた。
もともと子供ばかりの集まりなので、堅苦しい会ではない。
黄道順に定められていた席を、ミロが宝瓶宮の隣がいいと駄々をこねた以外は、さしたる問題もなく進んでいた。
すでに最年長の二人はデザートの用意に別室に下がっており、会は終盤に差し掛かっていた。
残ったほとんどの少年たちは、部屋の一角に集まっている。
アルデバランにミロとアイオリアが二人がかりで腕相撲を挑み、目下三連敗中、そしてそれを冷やかす年中組が周りを囲んでいた。
カミュはその集団の端で、騒ぎを見るともなく見ていたが、頃合をみてテーブルに戻っていった。
喉が渇いたし、あまり騒々しいのも苦手だった。
グラスに手を伸ばしたカミュの手が、ふと止まる。
視線を感じ振り返ると、壁際に置かれた長椅子に一人半跏して座している少年がいた。
東洋風の複雑な衣装をまとった、神秘的な印象の少年である。
今日はじめて会った乙女座のシャカだった。
瞳を閉じたままのシャカの口が開いた。
「君は、何を迷っているのだ?」
「え、何を飲もうかと思って……」
初会話とは思えないほど高飛車な物言いだったが、不思議と腹は立たなかった。
むしろ彼にはその口調がふさわしいようにさえ思えた。
戸惑うカミュに、シャカはいらだたしげに首を振った。
「そうではない。君の小宇宙はひどく揺らめいている。消えかけの灯明のようで、非常に気になるのだ」
なんとかしたまえ、とあくまで高圧的な発言を続けるシャカに、カミュは狼狽した。
無自覚の症状を治すように言われても、何をどうすればよいのかわからない。
と、そこへ、くすくすと笑いながら、救いの手が差し伸べられた。
「そんなことをいっても、カミュが困るだけですよ、シャカ」
やはり今日初対面の牡羊座のムウは、少女のような風貌に楽しげな笑みを浮かべていた。
長椅子に腰を下ろすと、手振りでカミュにも椅子を勧める。
言われるままにカミュは腰掛けたが、初対面の二人に挟まれ、どうにも居心地が悪く落ち着かなかった。
「ほら、まただ。なぜそう君は自分に自信がないのだ」
即座に詰問するシャカに、カミュは何も言い返せず、下を向いた。
他人に心を閉ざし人と会話をすることなく育った彼は、聖域に来てからもまだその習慣が抜けなかった。
よく知らない相手では、なおさらだ。
「あなたくらい自信がありすぎるのも困りものだと思いますけど」
ムウが動じることなく揶揄する。
シャカがわずかに柳眉を逆立てるが、ムウはさらりと受け流した。
「喉が渇きましたね。ジュースでいいですか」
ムウが話題を変えるのに救われたように、カミュは立ち上がる。
飲み物を取りに行こうとした彼を、ムウは制した。
不思議そうなカミュにムウは微笑むと、テーブルに向かって人差し指を立てた。
卓上のピッチャーとグラスが三つ、ムウの手に呼ばれるように空を飛んでくる。
驚くカミュの手にグラスを落とし、ムウは笑いながらジュースを注いだ。
シャカが一口飲み、不満そうに口を尖らす。
「ぬるいな。もう少し冷たいほうがよいのだが」
「贅沢をいうもんじゃありません。会が始まってもう一時間以上経つんですから、仕方ないでしょう」
しばらく黙っていたカミュは、グラスをみつめた。
「それ、ちょっと貸してくれる?」
シャカの手からグラスを受け取ると、カミュは手に小宇宙を集中した。
集められた冷気に、すぐにグラスは白く曇る。
シャカは、ほう、と呟くと、グラスに口をつけた。
「うまいな」
満足そうに微笑むその顔は心より幸せそうで、カミュもつられて微笑んだ。
「シオン様がおっしゃっていました。私たち三人は、聖域以外では生活がしにくいと」
ムウが静かに言葉をつむぐ。
生まれながらに小宇宙に目覚めている黄金聖闘士のなかでも、打撃系の技を持たない彼らは、少々特殊な能力の持ち主だった。
「それでも、私は早くにシオン様に拾われましたし、シャカは悟りを開くことができた。でもカミュは普通であろうとして苦しんだ、と」
「普通である必要などなかろう。授かった能力を存分に使わなくて神仏に申し訳がないではないか」
理解しがたい、という風情のシャカを無視して、ムウはカミュに向き直った。
「下界で辛い経験をしたかもしれませんが、ここではもう少し気楽になってもいいのではありませんか?あなたを疎外する人など、いませんよ」
ムウは大きな瞳に力を込めて、カミュをみつめた。
カミュはその視線を受け止めかねて、またグラスに目をおとした。
たしかに、聖域に来てからは、あまり不愉快な思いをしなくなっていた。
少なくとも十二宮のメンバーは、それぞれが強大な能力を有し、カミュ一人を異端児扱いすることもない。
それでも、長年身についてしまった習性はそう簡単に変えられるものではなかった。
「どうも君は自分を卑下しすぎるようだ。今すぐでなくてもよいが、改めたほうがよかろう」
シャカは、隣に座るカミュには目もくれず、真正面を向いてジュースを飲み干した。
「ムウ、もう一杯もらおうか。カミュ、冷やしてくれたまえ」
カミュとムウは同時に顔を見合わせ、苦笑した。
「まったく、マイペースですね、あなたは」
ムウが呆れながらもジュースを注ぎ、カミュが冷気を放射する。
当然のようにグラスを受け取るシャカに、ムウはいじわるく微笑んだ。
「あまり調子にのっていると、カミュに言っちゃいますよ」
「何をだね?」
「今日カミュと会えるのを、あなたはとても楽しみにしていたって。いつもミロがカミュを独り占めしていますからね」
シャカは思わず目を開けそうになり、慌てて閉じる。
そっぽを向いた頬がみるみる朱に染まっていった。
「さっきのシオン様の言葉を伝えたら、シャカはとても興味を抱いていたのですよ、カミュに」
「……苦しむ者を救うのも、仏の教えにかなうことだ」
「はいはい」
ムウが楽しそうに笑う。
シャカはまた無言でグラスを傾ける。
カミュは少し、笑った。
「ふむ、落ち着いたようだな」
シャカが独り言のように呟いた。
その主語はカミュの心だったのか、ミロたちの腕相撲大会だったのか。
それは、わからなかった。
やがて最年長の二人が大きなケーキを手に戻ってきた。
腕相撲をしていた集団から歓声が上がる。
シュラが十二等分に切ろうと、手刀を構え、あたりをつけている。
「カミュ、早く来いよ」
ミロが振り返って手招きした。
カミュは立ち上がった。
「二人の分をもらってこようか?」
ムウとシャカは嬉しそうにうなずいた。
親睦会はその目的を達したらしかった。