無憂宮
想い人


 カミュは、最近綺麗になった。
 ずっと親友だと自負していた俺が言うのもなんだけど、時々ぞくっとして目が離せなくなるほど、キレイ。
 恋をしてるからなんだろうな、と。わかりたくもないけどわかってしまう。
 残念ながら、相手は俺じゃないことも。
 「何?」
 おっと、また魅せられた。
 鈍いカミュでも気がつくくらい、見続けてしまった。
 ほんの少し眉をひそめて、小首を傾げる。
 こういう無邪気な仕草も、ちょっと前なら俺以外には見せなかったはずなのに。
 おもしろく、ない。
 俺は、嫌な気分を飲み下す勢いでグラスを一気に空けた。
 体内をひた走っていく熱い酒の力が、俺を饒舌にさせてくれる。
 本心を隠し通すことができる程度には、だが。
 それで充分だった。
 「別に。もう決めたのかなっと思って」
 「何をだ?」
 「クリスマス、どっちと過ごすのか」
 「……まだ」
 痛いところを突かれた自分をごまかすかのように、カミュは手にしたグラスをくるりと廻した。
 ワインの香りが立ち上り、カミュの内心の動揺が、それと共に室内に広がっていく。
 サガとシュラ。
 聖戦も終わり、心の重荷から解き放たれた二人は、ようやく自分に正直に生きる気になったらしい。
 復活できることがわかっているなら、一度死んでみるのもいいのかもしれない。
 生が終わる瞬間、自分が何を後悔するものなのか、本当に大切なのは何なのか、気づかせてくれるのだから。
 彼らにとって、それはカミュだった。
 平和な世に蘇った彼らが最初にしたことは、ずっと想い続けていた相手に、秘めた恋心を伝えることだった。
 二人から突然の告白を受けたカミュは、はじめは困惑して途方に暮れていた。
 それでも、彼らの想いが真剣であることを知り、前向きに検討することにしたようだ。
 もともと二人に苦手意識を持っていたわけではない。
 対人関係に不得手なカミュにとっては、それだけでも立派に好意につながりうる。
 俺にとっては、不運なことに。
 「早く決めてやんないと、可哀想なんじゃないの?」
 「簡単にいうな」
 わざとからかってみせる俺の気も知らず、憮然としたようにカミュは言葉を落とした。
 二人の間で揺れ動いている今の状態は、相手だけでなく自分自身もつらいのだろう。
 親友という地位にある俺が相談を受けるようになったのも、当然の成り行きだった。
 親友という地位に甘んじて、自分の本心を伝えそこなった俺には、結構キツイ展開だったけども。
 「二人とも、尊敬に足る人物なのだから。どちらを選ぶべきか、そう即決はできないだろう?」
 生真面目そうな真紅の瞳が揺らぐ。
 俺以外の相手なら、誰だって同じだ。
 コイントスでも何でもして、決めりゃいい。
 そう言ってやれたなら、どんなにか楽なのに。
 結局俺は、いい友人の仮面をかぶったまま、カミュと他愛もない会話をできる時間をびくびくと守り続けているのだ。
 ああ、ダイッキライ。こんな俺。
 その大嫌いな俺の口は、よどみなく勝手に動き続ける。
 まるで、言葉だけがカミュを自分につなぎとめる鎖であると信じているようだった。
 「おまえ、あいつらの何が好きなんだよ」
 ほんの少し酔いが回ってきた。
 絡むような台詞にも、カミュは律儀に答えようとする。
 俯いていたカミュは、しばらくしてやっと顔を上げた。
 多分、俺に話すことで、錯綜する想いをまとめようとしているのだ。
 聞かされる俺の方にとっては、あんまり耳に心地よい話ではなかったけれど、まあ、それもこんな話題を振ってしまった俺の自業自得だろう。
 「サガは、やっぱり子供のときからよくしてくれたから、一緒にいてほっとするんだ。シュラは…。そうだな、昔は気がつかなかったけど、困ったときにはいつも傍にいてくれた。さりげなく優しい、かな」
 少し照れたようにカミュは微笑んだ。
 その微笑が妙に悔しくて、俺の中の嗜虐心を刺激する。
 「じゃ、嫌いなとこは?」
 好きなところより、こちらの方がはるかに俺には優しく聞こえるはずだ。
 「なんだか尋問されてるみたいだな」
 カミュはくすりと笑った。
 「そ。吐いちまえよ。楽になるぞ」
 グラスに酒を手酌でつぎながら、俺はうそぶいた。
 いくらでも言ってくれ。
 あいつらの嫌いなところなら、俺は喜んで聞くから。
 カミュは瞳を伏せると、グラスに口をつけた。
 かすかに濡れた唇がなまめかしくて、俺はまた視線を外せなくなっていた。
 やがて、カミュはまるで答えがそこに書いてあるかのように、天井をちらりと見た。
 聞き方によっては悪口になりうることを言っていいものか、迷ってる。
 これだけ近くにいる俺に対しても、そんな心配りをしなくちゃいけないらしい。
 親友として築き上げてきた日々は、ただの空中楼閣だったのかもしれない。
 ずっとカミュの一番だった俺よりも大切な人間が、奴の中に確実に存在しつつあるのだ。
 虚しさに襲われた俺の耳に、カミュの声が響く。
 「サガは、ときどき人を子供扱いしすぎるところが嫌。シュラは、ポーカーフェースがうますぎて、何を考えてるのかわからないときがある」
 一息に言い放つと、カミュはもう一口ワインを飲んだ。
 「あ、でもどっちもときどき、だからな。大したことじゃない」
 慌てて弁解するカミュの様子が笑いを誘う。
 この不器用さがたまらなく、愛しい。
 多分、あいつらも同じだろう。
 いや、年上の彼らの方が、一層かもしれない。
 笑う俺を、カミュは不満げに睨みつけてくる。
 俺は謝意を示すように、かるく片手を上げてみせた。
 折角二人で過ごしてるのに、ご機嫌を損ねたくはない。
 あと、どれくらい二人でいられるのか、わからないんだから。
 「ふーん、どっちも好きなんだ、結局」
 俺の軽口に、カミュはわずかに頬を染めて、小さくうなずいた。
 胸の奥が、ざわりと波だつ。
 目の粗いやすりでもかけられたように、心がささくれだつのがわかる。
 わかってはいるけど、他の奴に向けられた好意を見せつけられると、やはり辛い。
 こんなに痛いのに。
 こんな胸の痛みを面に出さずに笑っていられる俺って、すごい。
 カミュに自慢してやりたいくらいなのに、もちろんそんなことができるわけもなくて。
 俺はただ、バカのように笑い続けていた。

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