<双児宮>
ノックに応えて出迎えてくれたサガの顔に、一抹の安堵感があった。
少し意外に思いながら、カミュは宮内に滑り込む。
いつも自信に満ち溢れたサガには珍しい表情が、カミュをやや緊張させた。
「……君が本当に私のところに来てくれるとは、思っていなかった」
静かな声が、カミュの鼓膜をくすぐる。
サガをそこまで弱気にさせたのは、自分。
申し訳ないような気分と、湧き立つような高揚感がせめぎあう。
どう返事をすればよいものか。
答えを求めるように部屋を見渡し、ふとテーブルの上に目が止まる。
カミュは、くすりと笑った。
「グラスが二つ、用意されてますけど?」
本当にカミュが来ないと思っているのなら、必要の無いもてなし支度。
悪戯っぽく見上げてくるカミュに、サガは微笑を返した。
「それでも、可能性が少しでもあるのなら対策を講じておくのが、私の主義だからね」
「完璧主義、ですね」
サガは無言で頷いて肯定の意を示した。
完璧主義。
カミュはグラスに視線を向けたまま、小声で繰り返した。
指紋一つついていないグラスに、飲み頃に冷やされたワイン。
全ては、来ないかもしれないカミュのために用意されたもの。
その姿勢は有用なようでいて、役目を果たすことなく終わるときにはサガに苦痛を与えうるものだった。
味わう必要など、どこにもない苦痛を。
「ねえ、サガ。一つだけ、お願いがあります」
続く台詞を黙って待つサガの瞳を、カミュは下から覗き込んだ。
「それ、止めてください。せめて私が一緒にいるときだけでも」
完璧である必要などどこにもないと、カミュは伝えたかった。
人は不完全だからこそ、その足りない部分を補ってくれる相手を捜し求めるのだという。
それならば、サガに欠けた部分は可能な限りカミュが補う。
いや、補いたいのだ、と。
言葉にするまでもなく、カミュの想いをサガは理解してくれたらしい。
彼が聡明だからというだけではない。
二人には、昔からどこかシンクロするものがあった。
感性の一致という点では、お互いこれ以上の相手は見つけられないだろう。
それは多分、初めて会ったときからわかっていた。
カミュを見下ろす藍の瞳が和らぐ。
穏やかで優しい、カミュが大好きなサガの瞳になった。
月の、海。
空白の時代、カミュは皓月を見上げては、静寂で包まれたサガの瞳を懐かしく思い返していた。
これからは、その必要もないだろう。
傍にカミュだけを照らす月がいてくれるのだから。
「長年身についた習性は、そう簡単には変えられないんだがね」
「でも、努力してください」
微笑むカミュに、サガは了承の意を示すようにかるく頷いてみせた。
ふと、その瞳が揶揄するように揺らめく。
「努力のご褒美は、今いただけるのかな?」
「……宿木は、ありませんけど……」
カミュはかすかに目元を染めてサガをみつめた。
サガは微笑むと、カミュの頬に手を添えた。
掌しか触れていないのに、そこから全身にじんわりと熱が伝わっていく。
魔法に、かけられた。
身体は一切の動きを忘れ、脳細胞でさえ深い霧に包まれたように思考を放棄しだした。
とくとくと、心臓が早鐘を打つ。
「宿木を用意するのは忘れていたな。ということは、完璧主義が破綻したということだ。心置きなくご褒美をいただかせてもらうよ」
淀みない論理展開は、反論を許さない。
承諾の返事の代わりに、カミュは瞳を閉じた。
サガはそっとカミュに顔を寄せた。
額や頬に落とされるキスには馴染んでいた。
保護者としてのサガからの愛情は、子供の頃から充分すぎるほど受けてきた。
今からは、違う。
お互いに支えあう対等の恋人となった証を刻むように、サガの口付けはまっすぐカミュの唇に降りてきた。
ノックに応えて出迎えてくれたサガの顔に、一抹の安堵感があった。
少し意外に思いながら、カミュは宮内に滑り込む。
いつも自信に満ち溢れたサガには珍しい表情が、カミュをやや緊張させた。
「……君が本当に私のところに来てくれるとは、思っていなかった」
静かな声が、カミュの鼓膜をくすぐる。
サガをそこまで弱気にさせたのは、自分。
申し訳ないような気分と、湧き立つような高揚感がせめぎあう。
どう返事をすればよいものか。
答えを求めるように部屋を見渡し、ふとテーブルの上に目が止まる。
カミュは、くすりと笑った。
「グラスが二つ、用意されてますけど?」
本当にカミュが来ないと思っているのなら、必要の無いもてなし支度。
悪戯っぽく見上げてくるカミュに、サガは微笑を返した。
「それでも、可能性が少しでもあるのなら対策を講じておくのが、私の主義だからね」
「完璧主義、ですね」
サガは無言で頷いて肯定の意を示した。
完璧主義。
カミュはグラスに視線を向けたまま、小声で繰り返した。
指紋一つついていないグラスに、飲み頃に冷やされたワイン。
全ては、来ないかもしれないカミュのために用意されたもの。
その姿勢は有用なようでいて、役目を果たすことなく終わるときにはサガに苦痛を与えうるものだった。
味わう必要など、どこにもない苦痛を。
「ねえ、サガ。一つだけ、お願いがあります」
続く台詞を黙って待つサガの瞳を、カミュは下から覗き込んだ。
「それ、止めてください。せめて私が一緒にいるときだけでも」
完璧である必要などどこにもないと、カミュは伝えたかった。
人は不完全だからこそ、その足りない部分を補ってくれる相手を捜し求めるのだという。
それならば、サガに欠けた部分は可能な限りカミュが補う。
いや、補いたいのだ、と。
言葉にするまでもなく、カミュの想いをサガは理解してくれたらしい。
彼が聡明だからというだけではない。
二人には、昔からどこかシンクロするものがあった。
感性の一致という点では、お互いこれ以上の相手は見つけられないだろう。
それは多分、初めて会ったときからわかっていた。
カミュを見下ろす藍の瞳が和らぐ。
穏やかで優しい、カミュが大好きなサガの瞳になった。
月の、海。
空白の時代、カミュは皓月を見上げては、静寂で包まれたサガの瞳を懐かしく思い返していた。
これからは、その必要もないだろう。
傍にカミュだけを照らす月がいてくれるのだから。
「長年身についた習性は、そう簡単には変えられないんだがね」
「でも、努力してください」
微笑むカミュに、サガは了承の意を示すようにかるく頷いてみせた。
ふと、その瞳が揶揄するように揺らめく。
「努力のご褒美は、今いただけるのかな?」
「……宿木は、ありませんけど……」
カミュはかすかに目元を染めてサガをみつめた。
サガは微笑むと、カミュの頬に手を添えた。
掌しか触れていないのに、そこから全身にじんわりと熱が伝わっていく。
魔法に、かけられた。
身体は一切の動きを忘れ、脳細胞でさえ深い霧に包まれたように思考を放棄しだした。
とくとくと、心臓が早鐘を打つ。
「宿木を用意するのは忘れていたな。ということは、完璧主義が破綻したということだ。心置きなくご褒美をいただかせてもらうよ」
淀みない論理展開は、反論を許さない。
承諾の返事の代わりに、カミュは瞳を閉じた。
サガはそっとカミュに顔を寄せた。
額や頬に落とされるキスには馴染んでいた。
保護者としてのサガからの愛情は、子供の頃から充分すぎるほど受けてきた。
今からは、違う。
お互いに支えあう対等の恋人となった証を刻むように、サガの口付けはまっすぐカミュの唇に降りてきた。