<天蠍宮>
目を覚まして後悔した。
天井がぐるぐる回っている。
二日酔いだ。
こんなことなら、ずっと眠ってた方がましだった。
きっと起き上がれない。
こんなときに世話をしてくれるあいつも、もういないし。
「起きたなら、せめて着替えろ」
そう、こうやって呆れたような声をかけてくれるカミュが……。
いた。
ぐらぐらとする頭をやっとの思いでねじると、いつものように呆れ顔をしたカミュが、水の入ったコップを差し出してきた。
「スーツ着たまま寝るなんて、信じられないな。あ、ちゃんと起きあがってから、水飲めよ。こぼされては目も当てられない」
寝起きなのと酒が残っているのとで、ただでさえ働かない頭に、カミュの言葉だけがマシンガンのように打ち込まれる。
カミュは嬉々として俺を叱るのだ。
普段の倍速くらいの速さで小言を繰りだす。
だが、それが妙に耳に心地よいのも事実だった。
俺はゆっくりと上体を起こした。
これだけでも重労働。
頭が張子の虎のようにゆらゆら揺れている気さえする。
「気持ち悪……」
「自業自得だ。どれだけ飲んだ?」
カミュはコップを俺の手に握らせると、額に手を当ててくれた。
カミュの手はひんやりとしていて、こういう場合、どんな薬よりもよく効く。
「覚えてるくらいだったら、酔ってないってことだろ?」
俺は目を閉じ、額に添えられたカミュの手の感触をうっとりと味わいながら呟いた。
昨日は酔いたかったのだ。
酔って、何もかも夢にしてしまいたかったのだ。
カミュが俺よりも大事な誰かの元に行ってしまうなんて、悪夢以外の何物でもなかったから。
夢なら、覚める。
こうしてカミュと過ごす、「現実」という日々に戻れるはずだった。
「ほら、水飲め。少しはアルコールを中和させないと……」
「飲めない……」
力の入らない手では、コップを握るだけで精一杯だった。
こぼさずにいられるのは、膝の上で支え持っているからにすぎない。
この重いコップを口まで持ち上げるなんて、今の俺には至難の業だ。
カミュはため息と共に、俺の手からコップを取り上げた。
「ほんとに手のかかる奴だな。飲ませてやるから、上向いて」
「はーい……」
もう外は明るいのだろう。光が眩しくて、瞼が持ち上がらない。
顔を上向かせるのも、カミュの支えがなかったらできたかどうか。
俺の口許に、コップが添えられる。
やけに軟らかくて温かいコップだった。
……コップじゃ、なかった。
呆けた俺の五感が、途端に活発に動き出した。
酔いとは違う理由から、一気に心拍数が増す。
口移しで俺に水を注ぎ込んだカミュは、動揺する俺を平然とみつめていた。
「酔いは、醒めたか」
「……おまえ、結局昨夜、どっちに行ったの?」
双児宮か磨羯宮か。
カミュを待つ男がそれぞれの宮にいたはずだった。
逃げてばかりもいられない夢の顛末を、俺は知らない。
カミュは小さく笑った。
「行かなかった。どちらにも」
寝台の端に腰掛けると、カミュは俺の手に自分の手を重ねた。
からかうような光が、真紅の瞳に宿っていた。
「私が面倒みなくちゃいけない手のかかる子供がいるから、行くのは止めた」
これは現実なのか。
それとも、まだ酒精に夢の続きを見させられているのか。
自信がないまま、俺は笑った。
「もっと水飲みたいな」
「調子に乗るな」
かすかに頬を染めて、カミュは俺を睨みつけてきた。
俺はなぜかその表情で、これは現実なのだと理解できた。
目を覚まして後悔した。
天井がぐるぐる回っている。
二日酔いだ。
こんなことなら、ずっと眠ってた方がましだった。
きっと起き上がれない。
こんなときに世話をしてくれるあいつも、もういないし。
「起きたなら、せめて着替えろ」
そう、こうやって呆れたような声をかけてくれるカミュが……。
いた。
ぐらぐらとする頭をやっとの思いでねじると、いつものように呆れ顔をしたカミュが、水の入ったコップを差し出してきた。
「スーツ着たまま寝るなんて、信じられないな。あ、ちゃんと起きあがってから、水飲めよ。こぼされては目も当てられない」
寝起きなのと酒が残っているのとで、ただでさえ働かない頭に、カミュの言葉だけがマシンガンのように打ち込まれる。
カミュは嬉々として俺を叱るのだ。
普段の倍速くらいの速さで小言を繰りだす。
だが、それが妙に耳に心地よいのも事実だった。
俺はゆっくりと上体を起こした。
これだけでも重労働。
頭が張子の虎のようにゆらゆら揺れている気さえする。
「気持ち悪……」
「自業自得だ。どれだけ飲んだ?」
カミュはコップを俺の手に握らせると、額に手を当ててくれた。
カミュの手はひんやりとしていて、こういう場合、どんな薬よりもよく効く。
「覚えてるくらいだったら、酔ってないってことだろ?」
俺は目を閉じ、額に添えられたカミュの手の感触をうっとりと味わいながら呟いた。
昨日は酔いたかったのだ。
酔って、何もかも夢にしてしまいたかったのだ。
カミュが俺よりも大事な誰かの元に行ってしまうなんて、悪夢以外の何物でもなかったから。
夢なら、覚める。
こうしてカミュと過ごす、「現実」という日々に戻れるはずだった。
「ほら、水飲め。少しはアルコールを中和させないと……」
「飲めない……」
力の入らない手では、コップを握るだけで精一杯だった。
こぼさずにいられるのは、膝の上で支え持っているからにすぎない。
この重いコップを口まで持ち上げるなんて、今の俺には至難の業だ。
カミュはため息と共に、俺の手からコップを取り上げた。
「ほんとに手のかかる奴だな。飲ませてやるから、上向いて」
「はーい……」
もう外は明るいのだろう。光が眩しくて、瞼が持ち上がらない。
顔を上向かせるのも、カミュの支えがなかったらできたかどうか。
俺の口許に、コップが添えられる。
やけに軟らかくて温かいコップだった。
……コップじゃ、なかった。
呆けた俺の五感が、途端に活発に動き出した。
酔いとは違う理由から、一気に心拍数が増す。
口移しで俺に水を注ぎ込んだカミュは、動揺する俺を平然とみつめていた。
「酔いは、醒めたか」
「……おまえ、結局昨夜、どっちに行ったの?」
双児宮か磨羯宮か。
カミュを待つ男がそれぞれの宮にいたはずだった。
逃げてばかりもいられない夢の顛末を、俺は知らない。
カミュは小さく笑った。
「行かなかった。どちらにも」
寝台の端に腰掛けると、カミュは俺の手に自分の手を重ねた。
からかうような光が、真紅の瞳に宿っていた。
「私が面倒みなくちゃいけない手のかかる子供がいるから、行くのは止めた」
これは現実なのか。
それとも、まだ酒精に夢の続きを見させられているのか。
自信がないまま、俺は笑った。
「もっと水飲みたいな」
「調子に乗るな」
かすかに頬を染めて、カミュは俺を睨みつけてきた。
俺はなぜかその表情で、これは現実なのだと理解できた。