春
いくら同期入社とはいえ、あまり接点のない部署にいると顔を合わせる機会は必然的に少なくなる。
だから、偶然一緒になったエレベーターの中で、久々に昼飯でもどうだとアイオロスに誘われたサガは、喜んでその提案に乗ることにした。
性格はあまり似ているとは言えないが、アイオロスとは不思議と馬が合う。
午後一杯かかる予定だった仕事も昼前には目途がつくほどにはかどったのも、久方ぶりの彼との食事が楽しみだったからだろう。
やがて待ちかねた昼となり、サガとアイオロスは連れ立って外へ出た。
アイオロスが贔屓にしているという、味はもちろんだが何よりその量を自慢できる定食屋に連れて行かれ、適度な喧騒の中、互いに気を遣う必要の無い気楽な会話が一頻り続く。
だが、食事が半ばほど済んだところで、今日の彼の誘いの本当の目的を聞かされたサガは耳を疑った。
「……すまない。もう一度訊いてもいいか」
「ああ、いいよ。バイトしないか、サガ」
アイオロスはあっけらかんと繰り返した。
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
サガは溜息を吐いた。
「……私の先月の残業時間を知らないのか。いや、それより、そもそも社員のアルバイトは社則で禁止されているはずだが」
「ああ、言い間違えた。無報酬だから、バイトじゃなくてボランティア」
相変わらず都合の悪いことは聞こえない便利な耳の持ち主らしく、アイオロスは悪びれもせずに論点のずれた返答をする。
「そういうことでは……」
「な、まあ、いいからちょっと黙って聞いてくれよ」
おどけたように顔の前で両手を合わせて頼み込むアイオロスに、サガは渋々ながらも肩をすくめて続きを促した。
「俺の近所の子でさ、弟の同級生なんだけど、そいつに数学の家庭教師してやってほしいんだ」
アイオロスの弟は、サガの記憶によれば、この春高校三年生になるはずだ。
受験、という懐かしくも忌まわしい響きがサガの脳裏を過ぎった。
「……おまえがやればいいだろう」
「一応努力はしてみたが、生憎と俺ではとても太刀打ちできんかった。頭いいんだよ、あいつ」
どこか自慢げにアイオロスは笑った。
その少年が自分を上回ることが余程嬉しいらしい。
屈託のないその笑顔を見る限り、やはりアイオロスは劣等感などというものとは無縁なのだろう。
自分とは、大違いだ。
少々やっかみを覚えながらも、サガはそんな自分を上手く隠しつつ、無言で続く言葉を待った。
「ま、家庭教師って言っても、あいつファミレスで一人で遅くまで勉強してるみたいなんで、都合のいいときにふらりと覗いてやってくれればいいくらいなんだけど」
サガはそこで持ち込んだ仕事をしていてもいいし、もちろん自由に食事を取ってくれて構わない。
ただ、彼が何か質問してきたら、それに答えてやってほしい。
そう一方的に自分の希望を告げると、アイオロスはふと真面目な顔をした。
「おまえも、あの何とかゼリーとかいう宇宙食みたいな食事で晩飯すますよりいいだろ。最近痩せたぞ、絶対」
いつだったか、廊下ですれ違ったときにそんな会話をして、アイオロスをひどく呆れさせたことをサガは思い出した。
察するに、この唐突な依頼は、その少年のみならず、仕事に没頭するあまり不健康な生活を送るサガの体調をも案じてのことなのだろう。
相変わらず、彼は何も考えていないようで、その実侮れない。
サガは無言のまま、じっとアイオロスをみつめた。
「それに、仕事熱心なおまえにあんまり業績上げられると、差をつけられる同期としてはちっとばかり面白くないんでな。仕事以外に何かやらせようと思ったわけだ」
先程とは打って変わって、にこにこと楽しそうに彼は笑う。
余人が口にしたならおよそ冗談には聞こえない不穏な発言だが、不思議なことにアイオロスの口をついて出ると戯言にしか聞こえない。
このふざけた発言も、先の言葉をサガがあまり重く受け止めないようにとの彼なりの配慮なのだろう。
人に心配されるのは、あまりいい気がしないが、それでもやはり有難いものだ。
胸の奥がほのかに暖かくなるのを感じたが、サガは努めて無反応を貫いた。
だが、本意がサガに確かに伝わっている自信があるのか、アイオロスは満足げに微笑んだ。
「やっぱり子供の頃から知ってるから、弟みたいに可愛いんだよ、あいつ。だから、俺が見込んだ男に託したいってのもあってさ」
「大げさな。まるで愛娘の結婚相手を品定めする父親だな」
「ああ、気分はそんな感じ」
サガの軽口にしれっと同意すると、アイオロスはもう一度顔の前で拝むように手を合わせた。
「なあ、サガ、頼むよ。この通り」
彼に二度までこうして頭を下げて頼まれては、友人としてはそうそう断れるものではない。
サガは観念したように小さく息を吐いた。
「本当に、都合のいいときだけ、でいいんだな」
「もちろん」
その回答が返ってくることを確信していたのだろう。
アイオロスは天真爛漫な笑顔で嬉しそうに頷いた。
いつもと違う見慣れない駅はひどく新鮮で、サガは興味深く周囲を見渡した。
サガの生徒となる少年は、家に程近いこの駅付近のレストランで勉強していると、アイオロスは言っていた。
ということは、ここはアイオロスの最寄り駅にもなるわけで、そういう目でみると、駐輪場からはみ出した自転車が乱雑に並んでいるさまは活力に溢れ、なんとなく彼を育んだ土地らしいと思わされた。
今日は、先日のアイオロスとの約束を果たす、最初の日だった。
初回くらいアイオロスと共に行き彼から生徒に紹介してもらおうと思ったのだが、なかなか互いの都合がつかないのは誤算だった。
結局あまり先延ばしにするのもどうかと一人で来る羽目になったのだが、なおも諦め悪く渋るサガを、アイオロスはあの逆らいがたい朗らかな笑顔で無責任に送り出した。
店に行って相手がわからなければ食事だけして帰ればいいとまで言われては、サガも無下に断ることができず、結局渋々ながらこの駅で降り立ったのだ。
目当てのファミリーレストランはすぐにみつかった。
雑然とした中での勉強などサガには到底我慢がならないと思うのだが、周囲の音が気にならない質の人間ならば、勉強しながらいくらでもコーヒーを飲める上、いつまでいても追い出されることのないよい環境なのだろう。
「いらっしゃいませー」
扉を開けると、妙に語尾の間延びした声で迎えられる。
こういった店に来るのは、久々だ。
間口のわりには広い店内を、サガはぐるりと見渡した。
行けばきっとすぐにわかると、アイオロスは言っていた。
あらかじめ聞いていた生徒の外見的特徴を思い起こすに、その言葉はつくづく真実だったのだとサガは思った。
捜すまでもなく、奥まった窓際の席でこちらに背を向ける学生の姿が目に入った。
背を飾る長い真紅の髪が、否応もなく目を引く。
彼だ。
密かに様子をうかがってみると、参考書を開き一心に勉強中のようだったから、まず間違いはないだろう。
席に案内しようとする店員をかるく手で制すると、静かにそちらへ近づく。
彼のテーブルの傍で立ちどまると、影が落ちたか、少年が訝しげに顔を上げた。
眼鏡の奥の、やはりこちらも紅い瞳が、かすかに動揺したように揺らぐ。
サガは少年に警戒させないように優しく微笑みかけた。
「私はアイオロスの友人だが。君がカミュ……だね?」
「は、はい、そうです」
突然の家庭教師の登場に、少年は余程慌てたのだろう。
弾かれたように立ち上がろうとして、低いテーブルに思い切り太腿を打ちつけたらしい。
「……っ」
言葉にならない悲鳴をかろうじて飲み込む少年に、サガはくすりと笑った。
「大丈夫かい」
「あ、はい、大丈夫です……」
まるで今の失態は度の合わない眼鏡のせいであるとでも言いたげに、少年は眼鏡を外してテーブルに置いた。
ついで向き直ると、自分よりはるかに背の高いサガを見上げ、照れ隠しのように微笑む。
「サガ先生……ですね。よろしくお願いします」
なるほど、アイオロスが弟のように可愛がっているというのも頷けた。
なかなかに整った可愛らしい顔立ちと、初対面の相手を前に緊張しているせいかどこか落ち着かなげな様子は、まるで小動物を思わせ庇護欲をかきたてる。
アイオロスと同じく兄属性のサガもまた、彼を実の弟のように大切にしてやろうと素直に思った。
「こちらこそ。ただ、早速だが、一つ我侭を言っていいかな」
「はい?」
怪訝そうに瞳を見張る少年に、サガは悪戯っぽく笑ってみせた。
「先生というのは止めてもらえないだろうか。本職の教師でもないのに、どうにも面映いのでね」
「え、でも、何と呼べば……?」
少年は戸惑った様子で小首を傾げた。
「アイオロスのことは名で呼んでいるのだろう? では、私も彼同様サガと呼んでもらいたいのだが」
少年は声を出さずに唇をわずかに動かした。
口の中でサガの名を復唱しているのだろう。
やがて舌にその名が馴染んだのか、少年はつと真面目な顔でサガを見上げた。
「わかりました。では、改めて。よろしくお願いします、サガ」
「よろしく、カミュ」
ばね仕掛けの人形のようにぺこりと頭を下げる少年に右手を差し出すと、カミュは少しためらったのちおずおずとサガのそれに手を重ねた。
ひんやりとした小さな手に熱を分け与えようとでもするように、サガはぐっと力を込めてその手を握った。
これから受験までの一年弱を共に過ごす誓約代わりの、固い握手だった。
いくら同期入社とはいえ、あまり接点のない部署にいると顔を合わせる機会は必然的に少なくなる。
だから、偶然一緒になったエレベーターの中で、久々に昼飯でもどうだとアイオロスに誘われたサガは、喜んでその提案に乗ることにした。
性格はあまり似ているとは言えないが、アイオロスとは不思議と馬が合う。
午後一杯かかる予定だった仕事も昼前には目途がつくほどにはかどったのも、久方ぶりの彼との食事が楽しみだったからだろう。
やがて待ちかねた昼となり、サガとアイオロスは連れ立って外へ出た。
アイオロスが贔屓にしているという、味はもちろんだが何よりその量を自慢できる定食屋に連れて行かれ、適度な喧騒の中、互いに気を遣う必要の無い気楽な会話が一頻り続く。
だが、食事が半ばほど済んだところで、今日の彼の誘いの本当の目的を聞かされたサガは耳を疑った。
「……すまない。もう一度訊いてもいいか」
「ああ、いいよ。バイトしないか、サガ」
アイオロスはあっけらかんと繰り返した。
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
サガは溜息を吐いた。
「……私の先月の残業時間を知らないのか。いや、それより、そもそも社員のアルバイトは社則で禁止されているはずだが」
「ああ、言い間違えた。無報酬だから、バイトじゃなくてボランティア」
相変わらず都合の悪いことは聞こえない便利な耳の持ち主らしく、アイオロスは悪びれもせずに論点のずれた返答をする。
「そういうことでは……」
「な、まあ、いいからちょっと黙って聞いてくれよ」
おどけたように顔の前で両手を合わせて頼み込むアイオロスに、サガは渋々ながらも肩をすくめて続きを促した。
「俺の近所の子でさ、弟の同級生なんだけど、そいつに数学の家庭教師してやってほしいんだ」
アイオロスの弟は、サガの記憶によれば、この春高校三年生になるはずだ。
受験、という懐かしくも忌まわしい響きがサガの脳裏を過ぎった。
「……おまえがやればいいだろう」
「一応努力はしてみたが、生憎と俺ではとても太刀打ちできんかった。頭いいんだよ、あいつ」
どこか自慢げにアイオロスは笑った。
その少年が自分を上回ることが余程嬉しいらしい。
屈託のないその笑顔を見る限り、やはりアイオロスは劣等感などというものとは無縁なのだろう。
自分とは、大違いだ。
少々やっかみを覚えながらも、サガはそんな自分を上手く隠しつつ、無言で続く言葉を待った。
「ま、家庭教師って言っても、あいつファミレスで一人で遅くまで勉強してるみたいなんで、都合のいいときにふらりと覗いてやってくれればいいくらいなんだけど」
サガはそこで持ち込んだ仕事をしていてもいいし、もちろん自由に食事を取ってくれて構わない。
ただ、彼が何か質問してきたら、それに答えてやってほしい。
そう一方的に自分の希望を告げると、アイオロスはふと真面目な顔をした。
「おまえも、あの何とかゼリーとかいう宇宙食みたいな食事で晩飯すますよりいいだろ。最近痩せたぞ、絶対」
いつだったか、廊下ですれ違ったときにそんな会話をして、アイオロスをひどく呆れさせたことをサガは思い出した。
察するに、この唐突な依頼は、その少年のみならず、仕事に没頭するあまり不健康な生活を送るサガの体調をも案じてのことなのだろう。
相変わらず、彼は何も考えていないようで、その実侮れない。
サガは無言のまま、じっとアイオロスをみつめた。
「それに、仕事熱心なおまえにあんまり業績上げられると、差をつけられる同期としてはちっとばかり面白くないんでな。仕事以外に何かやらせようと思ったわけだ」
先程とは打って変わって、にこにこと楽しそうに彼は笑う。
余人が口にしたならおよそ冗談には聞こえない不穏な発言だが、不思議なことにアイオロスの口をついて出ると戯言にしか聞こえない。
このふざけた発言も、先の言葉をサガがあまり重く受け止めないようにとの彼なりの配慮なのだろう。
人に心配されるのは、あまりいい気がしないが、それでもやはり有難いものだ。
胸の奥がほのかに暖かくなるのを感じたが、サガは努めて無反応を貫いた。
だが、本意がサガに確かに伝わっている自信があるのか、アイオロスは満足げに微笑んだ。
「やっぱり子供の頃から知ってるから、弟みたいに可愛いんだよ、あいつ。だから、俺が見込んだ男に託したいってのもあってさ」
「大げさな。まるで愛娘の結婚相手を品定めする父親だな」
「ああ、気分はそんな感じ」
サガの軽口にしれっと同意すると、アイオロスはもう一度顔の前で拝むように手を合わせた。
「なあ、サガ、頼むよ。この通り」
彼に二度までこうして頭を下げて頼まれては、友人としてはそうそう断れるものではない。
サガは観念したように小さく息を吐いた。
「本当に、都合のいいときだけ、でいいんだな」
「もちろん」
その回答が返ってくることを確信していたのだろう。
アイオロスは天真爛漫な笑顔で嬉しそうに頷いた。
いつもと違う見慣れない駅はひどく新鮮で、サガは興味深く周囲を見渡した。
サガの生徒となる少年は、家に程近いこの駅付近のレストランで勉強していると、アイオロスは言っていた。
ということは、ここはアイオロスの最寄り駅にもなるわけで、そういう目でみると、駐輪場からはみ出した自転車が乱雑に並んでいるさまは活力に溢れ、なんとなく彼を育んだ土地らしいと思わされた。
今日は、先日のアイオロスとの約束を果たす、最初の日だった。
初回くらいアイオロスと共に行き彼から生徒に紹介してもらおうと思ったのだが、なかなか互いの都合がつかないのは誤算だった。
結局あまり先延ばしにするのもどうかと一人で来る羽目になったのだが、なおも諦め悪く渋るサガを、アイオロスはあの逆らいがたい朗らかな笑顔で無責任に送り出した。
店に行って相手がわからなければ食事だけして帰ればいいとまで言われては、サガも無下に断ることができず、結局渋々ながらこの駅で降り立ったのだ。
目当てのファミリーレストランはすぐにみつかった。
雑然とした中での勉強などサガには到底我慢がならないと思うのだが、周囲の音が気にならない質の人間ならば、勉強しながらいくらでもコーヒーを飲める上、いつまでいても追い出されることのないよい環境なのだろう。
「いらっしゃいませー」
扉を開けると、妙に語尾の間延びした声で迎えられる。
こういった店に来るのは、久々だ。
間口のわりには広い店内を、サガはぐるりと見渡した。
行けばきっとすぐにわかると、アイオロスは言っていた。
あらかじめ聞いていた生徒の外見的特徴を思い起こすに、その言葉はつくづく真実だったのだとサガは思った。
捜すまでもなく、奥まった窓際の席でこちらに背を向ける学生の姿が目に入った。
背を飾る長い真紅の髪が、否応もなく目を引く。
彼だ。
密かに様子をうかがってみると、参考書を開き一心に勉強中のようだったから、まず間違いはないだろう。
席に案内しようとする店員をかるく手で制すると、静かにそちらへ近づく。
彼のテーブルの傍で立ちどまると、影が落ちたか、少年が訝しげに顔を上げた。
眼鏡の奥の、やはりこちらも紅い瞳が、かすかに動揺したように揺らぐ。
サガは少年に警戒させないように優しく微笑みかけた。
「私はアイオロスの友人だが。君がカミュ……だね?」
「は、はい、そうです」
突然の家庭教師の登場に、少年は余程慌てたのだろう。
弾かれたように立ち上がろうとして、低いテーブルに思い切り太腿を打ちつけたらしい。
「……っ」
言葉にならない悲鳴をかろうじて飲み込む少年に、サガはくすりと笑った。
「大丈夫かい」
「あ、はい、大丈夫です……」
まるで今の失態は度の合わない眼鏡のせいであるとでも言いたげに、少年は眼鏡を外してテーブルに置いた。
ついで向き直ると、自分よりはるかに背の高いサガを見上げ、照れ隠しのように微笑む。
「サガ先生……ですね。よろしくお願いします」
なるほど、アイオロスが弟のように可愛がっているというのも頷けた。
なかなかに整った可愛らしい顔立ちと、初対面の相手を前に緊張しているせいかどこか落ち着かなげな様子は、まるで小動物を思わせ庇護欲をかきたてる。
アイオロスと同じく兄属性のサガもまた、彼を実の弟のように大切にしてやろうと素直に思った。
「こちらこそ。ただ、早速だが、一つ我侭を言っていいかな」
「はい?」
怪訝そうに瞳を見張る少年に、サガは悪戯っぽく笑ってみせた。
「先生というのは止めてもらえないだろうか。本職の教師でもないのに、どうにも面映いのでね」
「え、でも、何と呼べば……?」
少年は戸惑った様子で小首を傾げた。
「アイオロスのことは名で呼んでいるのだろう? では、私も彼同様サガと呼んでもらいたいのだが」
少年は声を出さずに唇をわずかに動かした。
口の中でサガの名を復唱しているのだろう。
やがて舌にその名が馴染んだのか、少年はつと真面目な顔でサガを見上げた。
「わかりました。では、改めて。よろしくお願いします、サガ」
「よろしく、カミュ」
ばね仕掛けの人形のようにぺこりと頭を下げる少年に右手を差し出すと、カミュは少しためらったのちおずおずとサガのそれに手を重ねた。
ひんやりとした小さな手に熱を分け与えようとでもするように、サガはぐっと力を込めてその手を握った。
これから受験までの一年弱を共に過ごす誓約代わりの、固い握手だった。