戦闘を目前に控えているような心境だった。
いや、ひょっとするとそれ以上に憂鬱だったかもしれない。
少なくとも戦場においては、上官の命令を待ちさえすれば自分のすべきことは状況に応じて自ずと示されるのだが、今回ばかりは勝手が違う。
どんな顔をすればいいのか。どんな言葉をかければいいのか。
それすら見当もつかず、ただ緊張と不安だけが渦巻く中、シュラはカミュが隠れ住む部屋の前で途方に暮れていた。
あの、お互いにとって気まずい出来事以来、初めての訪問だった。
カミュに会いたくない、というわけではない。
この数週間というもの、カミュの世話は半ばシュラの習慣と化しつつあったくらいなのだから、義務を怠っているようで落ち着かない気分を味わっていたことも事実だ。
しかし、再びあの冷たい視線を浴びることを思うと、どうにも怖気づいて仕方がなかった。
それでも何とかここまで逃げ出さずに来ることができたのは、先日届けた食料がもうじき底をつくと思ったからだ。
とりあえず食べ物を届けるという肝心の目的だけは果たして帰ろうと、責任感に後押しされたシュラは強いて自分を励ますと、訪問の合図として定めた変則的なノックを繰り返した。
返事はなかった。
扉の向こうで、カミュもやはり同じ思いを味わっているのかもしれない。
できるだけ平静を装いつつ、意を決したシュラは静かに扉を開けた。
声をかけようと俯き加減だった顔を上げ、そこで足が止まった。
目の前の光景に愕然と瞳を見張る。
場所塞ぎな大型の寝台とクローゼットが据えられた室内は、一見したところでは数日前と何ら変わりはない。
しかし、明らかにシュラの記憶に反することに、寝台の隅で膝を抱える紅毛の人形の姿が、跡形もなく消え失せていたのだ。
心拍数が一気に高まる。
油断なく周囲に気を配りつつ、シュラは室内に足を踏み入れた。
ざっと見渡したかぎり、住人の不在以外の異変は見受けられなかった。
家具が移動された様子はなく、明かりを床に近づけて注意深く調べてみたものの、足跡の乱れのような争った痕跡も見つけられない。
誰かが意に反しカミュを連れ去ったという、最も危惧すべき状況ではないということだろう。
少し安心したシュラは、ついでカミュが自発的にこの部屋を出たという可能性の検討に取り掛かった。
しかし、この想定もいささか無理があると言わざるをえなかった。
テーブルの上には、いくらかの食物が手付かずのまま残されていた。
この隠れ家を出て行くのなら、せめて水くらいは持っていくはずだ。
生命を維持するための最低限の物資も持たず、それではカミュは一体何処へ消えたというのか。
考えをまとめようと、シュラは顎に指をかけると、ゆっくりと室内を見渡した。
やがて、その視線が一点に定まる。
クローゼット。
最初にカミュをみつけたのは、この中だった。
こんな所にいるはずがない、とは言い切れない。
殊更に足音を響かせ近づいたシュラは、おもむろにクローゼットの扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を開く。
シュラの唇から思わず息が漏れた。
みつけた。
初めて出会ったときのように、カミュは折り重なる衣服の合間に押し込まれるようにしてうずくまっていた。
その薄い肩が規則正しくわずかに上下しているところをみると、どうやら熟睡しているのだろう。
当初抱かされた不吉な予感をあっけなく裏切る無防備な寝姿に、脱力感を覚えるほどに一気に緊張が解けてゆく。
「……心配させるなよ」
思わず口をついて出た一言が、鋭くシュラの胸を刺した。
忽然と姿を消したカミュの身を自分がどれほど案じていたか、その安堵に満ちた独白はこれ以上ないほどはっきりとシュラに教えていた。
しかし、シュラの心をこんなにも乱していたなどと、当のカミュは思いもしないのだろう。
それどころか、目覚めたところで、配達人が来たという観のいつも通りの冷めた一瞥しか与えてくれないに違いない。
報われないにもほどがある。
自嘲気味な冷笑に口元を歪めたシュラは、カミュが眠っているのをいいことに、持参した糧食だけ置いてこのまま隠れ家を立ち去ることにした。
人形の姿を再び闇に返そうとすると、古びたクローゼットの扉が抵抗するように耳障りな音を立てる。
「……あ……」
軋み音にかき消されそうになりながら、か細い声がした。気がした。
シュラは閉めかけた扉をもう一度開いた。
気のせいではなかったらしい。
クローゼットの中の眠り姫にかけられていた魔法は解けたらしく、ぼんやりと瞳を開けたカミュがこちらを見上げていた。
シュラの喉がこくりと鳴った。
そこにいたのは、シュラがいまだかつて目にしたことのないカミュだった。
笑顔と泣き顔と、その二つを同時に浮かべたような複雑極まりない表情をして、カミュはシュラをじっとみつめていた。
まだ眠りから完全には覚めていないのか、焦点の合わない紅い瞳がシュラの視線を真っ向から受け止める。
当てどもなく彷徨った挙句ようやく親と再会を果たした迷子さながらの心底ほっとしたような笑みが、カミュの口元にふわりと浮かんだ。
「……やっと来てくれた……」
寝惚けているのがよくわかる舌足らずな物言いを、シュラは信じられない思いで耳にした。
まるで、シュラの訪れを待ち望んでいたかのような台詞。
自分の願望が幻聴を聞かせているのではないかとさえ疑ったが、その声音は幻というにはあまりに現実感を伴い過ぎる。
極度の驚きに一切の言葉と動作を奪われ、シュラはしばし茫然と立ち竦んだ。
一方、その間に、カミュはようやく眠りの淵から完全に浮き上がってきたらしい。
とろりと潤んだ瞳が徐々に光を取り戻し始めると、カミュは傍目にも明らかに狼狽の色を浮かべた。
夢うつつの自分が無意識に口にした一言に驚愕しているのだろう。
自分と同じ口、同じ声を使って、一体誰がそんなことを言ったのか。
知らないうちに心の奥底に住み始めたもう一人の自分が、突然反乱を起こし表に浮上する。
その現れ方はあまりに唐突過ぎて、彼の存在もまた己自身であるなどと、俄かに信じられるものではない。
「……何やってるんだ、こんな所で」
柄にもなくうろたえるカミュの様子に気づかない振りをして、あくまでぶっきらぼうにシュラは問うた。
つい先程まさに同じ状態を体験したから、今のカミュの激しい困惑がシュラにはよくわかる。
だから、カミュが体裁を取り繕いやすいよう、救いの手を差し伸べてやったのだ。
しかし、その質問に縋りついたカミュの返答は、シュラまでをも動揺の真っ只中に引きずり込むものだった。
「……あなたがなかなか来ないから」
小さな声に含まれる隠し切れない非難めいた棘に、シュラはぴくりと耳をそばだてた。
「……ここにいたら、あのときのようにあなたが来てくれるかと思って……」
拗ねた子供にも似た不貞腐れた声でぽつりと呟いた後、カミュは慌てたように長い髪を揺らして頭を振った。
「あ、いや、違う。そうではなくて、あの……」
必死になって誤魔化そうとするも、上手い言い訳が何一つ思いつかなかったのか。
カミュは悔しそうに唇を噛みしめると、そのままふいと俯いて顔を隠してしまった。
人形の仮面に、亀裂が入った。
とくとくと、シュラの心臓が鼓動を早めだした。
それは殺伐とした緊迫感などからではなく、久しく感じたことのない幸せな昂揚感がもたらした生体反応だった。
猫と出会って以来シュラの目は変わったと評した、数日前の友人の言が甦る。
確かにそうなのかもしれない。
シュラは小さく笑った。
死にたいというよりも、むしろ今は生きていたかった。
その存在すら疑っていた神に、心よりの謝罪とありったけの感謝を捧げようと、シュラは思った。
こんな予測もつかない愉快な未来が待ち受けているのなら、自分のような人間にもまだまだ生きる価値があるような、そんな素直な気持ちになれた。
「俺がもう来ないかと、心配したのか?」
自分でも可笑しくなるくらい、優しい声がでた。
シュラの問いかけがしっかり聞こえているはずなのに、カミュは下を向いたまま微動だにしなかった。
「あんまり俺が来ないんで、食い物がなくなると思った?」
戯れに餌を投げてみると、カミュはこれ幸いと勢いよく食いついてきた。
「……ああ、そう、そうだ、その通りだ」
憂慮したのはシュラに見捨てられることなどではなく食糧事情の方なのだとでも言いたげに、ようやく顔を上げたカミュは一息にまくしたてた。
そうして全てにおいて無関心な平生の態度を懸命に装おうとしたようだが、遺憾ながらその努力も無駄に終わったと言うべきだろう。
落ち着きなく瞬きを繰り返す真紅の瞳といい、早口に上擦った声色といい、雪白の肌の奥で燃えるように色づいた頬といい、カミュの言葉が偽りだという証は簡単にいくらでもみつけられた。
「そりゃ、悪かった。謝るから、とりあえず、そこから出てきてくれないか」
無性にからかってやりたくなる衝動に駆られつつ、シュラはカミュのために一歩後ろへ退き道を空けた。
が、カミュは下手に出たシュラの頼みを素っ気無く突っぱねる。
「……出られない」
不審な返答に眉をひそめたシュラを、カミュは困ったような顔をして見上げてきた。
「足が……」
「傷が痛むのか」
経過は順調だとばかり思っていたが、自分の施した素人手術は失敗だったのかもしれない。
激しい後悔と不安に襲われ、シュラの表情が途端に曇る。
「……違う」
ぼそぼそと何やら呟くカミュの口元へ、シュラは訝しみながら耳を近づけた。
「……は?」
「だから、足が痺れたと言っている!」
自棄気味に耳元で怒鳴られ、シュラは言葉もなくまじまじとカミュをみつめた。
静寂は長くは続かなかった。
程なく、耐えかねたシュラは肩を震わせくつくつと笑い出した。
「……それほど笑わなくてもいいと思うが」
カミュは不服気にシュラを睨んだ。
それでも一向に笑い止まないシュラにようやく諦めがついたか、やがてカミュも釣り込まれたように口元をゆるりと綻ばせた。
人形に、生命が宿った。
カミュのその戸惑いを含んだ気恥ずかしげな笑顔を、自分は一生忘れることはないだろう。
目の端に涙が滲むほど笑い崩れながら、シュラはそう確信していた。
いや、ひょっとするとそれ以上に憂鬱だったかもしれない。
少なくとも戦場においては、上官の命令を待ちさえすれば自分のすべきことは状況に応じて自ずと示されるのだが、今回ばかりは勝手が違う。
どんな顔をすればいいのか。どんな言葉をかければいいのか。
それすら見当もつかず、ただ緊張と不安だけが渦巻く中、シュラはカミュが隠れ住む部屋の前で途方に暮れていた。
あの、お互いにとって気まずい出来事以来、初めての訪問だった。
カミュに会いたくない、というわけではない。
この数週間というもの、カミュの世話は半ばシュラの習慣と化しつつあったくらいなのだから、義務を怠っているようで落ち着かない気分を味わっていたことも事実だ。
しかし、再びあの冷たい視線を浴びることを思うと、どうにも怖気づいて仕方がなかった。
それでも何とかここまで逃げ出さずに来ることができたのは、先日届けた食料がもうじき底をつくと思ったからだ。
とりあえず食べ物を届けるという肝心の目的だけは果たして帰ろうと、責任感に後押しされたシュラは強いて自分を励ますと、訪問の合図として定めた変則的なノックを繰り返した。
返事はなかった。
扉の向こうで、カミュもやはり同じ思いを味わっているのかもしれない。
できるだけ平静を装いつつ、意を決したシュラは静かに扉を開けた。
声をかけようと俯き加減だった顔を上げ、そこで足が止まった。
目の前の光景に愕然と瞳を見張る。
場所塞ぎな大型の寝台とクローゼットが据えられた室内は、一見したところでは数日前と何ら変わりはない。
しかし、明らかにシュラの記憶に反することに、寝台の隅で膝を抱える紅毛の人形の姿が、跡形もなく消え失せていたのだ。
心拍数が一気に高まる。
油断なく周囲に気を配りつつ、シュラは室内に足を踏み入れた。
ざっと見渡したかぎり、住人の不在以外の異変は見受けられなかった。
家具が移動された様子はなく、明かりを床に近づけて注意深く調べてみたものの、足跡の乱れのような争った痕跡も見つけられない。
誰かが意に反しカミュを連れ去ったという、最も危惧すべき状況ではないということだろう。
少し安心したシュラは、ついでカミュが自発的にこの部屋を出たという可能性の検討に取り掛かった。
しかし、この想定もいささか無理があると言わざるをえなかった。
テーブルの上には、いくらかの食物が手付かずのまま残されていた。
この隠れ家を出て行くのなら、せめて水くらいは持っていくはずだ。
生命を維持するための最低限の物資も持たず、それではカミュは一体何処へ消えたというのか。
考えをまとめようと、シュラは顎に指をかけると、ゆっくりと室内を見渡した。
やがて、その視線が一点に定まる。
クローゼット。
最初にカミュをみつけたのは、この中だった。
こんな所にいるはずがない、とは言い切れない。
殊更に足音を響かせ近づいたシュラは、おもむろにクローゼットの扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を開く。
シュラの唇から思わず息が漏れた。
みつけた。
初めて出会ったときのように、カミュは折り重なる衣服の合間に押し込まれるようにしてうずくまっていた。
その薄い肩が規則正しくわずかに上下しているところをみると、どうやら熟睡しているのだろう。
当初抱かされた不吉な予感をあっけなく裏切る無防備な寝姿に、脱力感を覚えるほどに一気に緊張が解けてゆく。
「……心配させるなよ」
思わず口をついて出た一言が、鋭くシュラの胸を刺した。
忽然と姿を消したカミュの身を自分がどれほど案じていたか、その安堵に満ちた独白はこれ以上ないほどはっきりとシュラに教えていた。
しかし、シュラの心をこんなにも乱していたなどと、当のカミュは思いもしないのだろう。
それどころか、目覚めたところで、配達人が来たという観のいつも通りの冷めた一瞥しか与えてくれないに違いない。
報われないにもほどがある。
自嘲気味な冷笑に口元を歪めたシュラは、カミュが眠っているのをいいことに、持参した糧食だけ置いてこのまま隠れ家を立ち去ることにした。
人形の姿を再び闇に返そうとすると、古びたクローゼットの扉が抵抗するように耳障りな音を立てる。
「……あ……」
軋み音にかき消されそうになりながら、か細い声がした。気がした。
シュラは閉めかけた扉をもう一度開いた。
気のせいではなかったらしい。
クローゼットの中の眠り姫にかけられていた魔法は解けたらしく、ぼんやりと瞳を開けたカミュがこちらを見上げていた。
シュラの喉がこくりと鳴った。
そこにいたのは、シュラがいまだかつて目にしたことのないカミュだった。
笑顔と泣き顔と、その二つを同時に浮かべたような複雑極まりない表情をして、カミュはシュラをじっとみつめていた。
まだ眠りから完全には覚めていないのか、焦点の合わない紅い瞳がシュラの視線を真っ向から受け止める。
当てどもなく彷徨った挙句ようやく親と再会を果たした迷子さながらの心底ほっとしたような笑みが、カミュの口元にふわりと浮かんだ。
「……やっと来てくれた……」
寝惚けているのがよくわかる舌足らずな物言いを、シュラは信じられない思いで耳にした。
まるで、シュラの訪れを待ち望んでいたかのような台詞。
自分の願望が幻聴を聞かせているのではないかとさえ疑ったが、その声音は幻というにはあまりに現実感を伴い過ぎる。
極度の驚きに一切の言葉と動作を奪われ、シュラはしばし茫然と立ち竦んだ。
一方、その間に、カミュはようやく眠りの淵から完全に浮き上がってきたらしい。
とろりと潤んだ瞳が徐々に光を取り戻し始めると、カミュは傍目にも明らかに狼狽の色を浮かべた。
夢うつつの自分が無意識に口にした一言に驚愕しているのだろう。
自分と同じ口、同じ声を使って、一体誰がそんなことを言ったのか。
知らないうちに心の奥底に住み始めたもう一人の自分が、突然反乱を起こし表に浮上する。
その現れ方はあまりに唐突過ぎて、彼の存在もまた己自身であるなどと、俄かに信じられるものではない。
「……何やってるんだ、こんな所で」
柄にもなくうろたえるカミュの様子に気づかない振りをして、あくまでぶっきらぼうにシュラは問うた。
つい先程まさに同じ状態を体験したから、今のカミュの激しい困惑がシュラにはよくわかる。
だから、カミュが体裁を取り繕いやすいよう、救いの手を差し伸べてやったのだ。
しかし、その質問に縋りついたカミュの返答は、シュラまでをも動揺の真っ只中に引きずり込むものだった。
「……あなたがなかなか来ないから」
小さな声に含まれる隠し切れない非難めいた棘に、シュラはぴくりと耳をそばだてた。
「……ここにいたら、あのときのようにあなたが来てくれるかと思って……」
拗ねた子供にも似た不貞腐れた声でぽつりと呟いた後、カミュは慌てたように長い髪を揺らして頭を振った。
「あ、いや、違う。そうではなくて、あの……」
必死になって誤魔化そうとするも、上手い言い訳が何一つ思いつかなかったのか。
カミュは悔しそうに唇を噛みしめると、そのままふいと俯いて顔を隠してしまった。
人形の仮面に、亀裂が入った。
とくとくと、シュラの心臓が鼓動を早めだした。
それは殺伐とした緊迫感などからではなく、久しく感じたことのない幸せな昂揚感がもたらした生体反応だった。
猫と出会って以来シュラの目は変わったと評した、数日前の友人の言が甦る。
確かにそうなのかもしれない。
シュラは小さく笑った。
死にたいというよりも、むしろ今は生きていたかった。
その存在すら疑っていた神に、心よりの謝罪とありったけの感謝を捧げようと、シュラは思った。
こんな予測もつかない愉快な未来が待ち受けているのなら、自分のような人間にもまだまだ生きる価値があるような、そんな素直な気持ちになれた。
「俺がもう来ないかと、心配したのか?」
自分でも可笑しくなるくらい、優しい声がでた。
シュラの問いかけがしっかり聞こえているはずなのに、カミュは下を向いたまま微動だにしなかった。
「あんまり俺が来ないんで、食い物がなくなると思った?」
戯れに餌を投げてみると、カミュはこれ幸いと勢いよく食いついてきた。
「……ああ、そう、そうだ、その通りだ」
憂慮したのはシュラに見捨てられることなどではなく食糧事情の方なのだとでも言いたげに、ようやく顔を上げたカミュは一息にまくしたてた。
そうして全てにおいて無関心な平生の態度を懸命に装おうとしたようだが、遺憾ながらその努力も無駄に終わったと言うべきだろう。
落ち着きなく瞬きを繰り返す真紅の瞳といい、早口に上擦った声色といい、雪白の肌の奥で燃えるように色づいた頬といい、カミュの言葉が偽りだという証は簡単にいくらでもみつけられた。
「そりゃ、悪かった。謝るから、とりあえず、そこから出てきてくれないか」
無性にからかってやりたくなる衝動に駆られつつ、シュラはカミュのために一歩後ろへ退き道を空けた。
が、カミュは下手に出たシュラの頼みを素っ気無く突っぱねる。
「……出られない」
不審な返答に眉をひそめたシュラを、カミュは困ったような顔をして見上げてきた。
「足が……」
「傷が痛むのか」
経過は順調だとばかり思っていたが、自分の施した素人手術は失敗だったのかもしれない。
激しい後悔と不安に襲われ、シュラの表情が途端に曇る。
「……違う」
ぼそぼそと何やら呟くカミュの口元へ、シュラは訝しみながら耳を近づけた。
「……は?」
「だから、足が痺れたと言っている!」
自棄気味に耳元で怒鳴られ、シュラは言葉もなくまじまじとカミュをみつめた。
静寂は長くは続かなかった。
程なく、耐えかねたシュラは肩を震わせくつくつと笑い出した。
「……それほど笑わなくてもいいと思うが」
カミュは不服気にシュラを睨んだ。
それでも一向に笑い止まないシュラにようやく諦めがついたか、やがてカミュも釣り込まれたように口元をゆるりと綻ばせた。
人形に、生命が宿った。
カミュのその戸惑いを含んだ気恥ずかしげな笑顔を、自分は一生忘れることはないだろう。
目の端に涙が滲むほど笑い崩れながら、シュラはそう確信していた。