無憂宮
<Avec Saga>


 パーティーというのは、昔から苦手だった。
 人が集まるという状況自体が嫌だし、よく知らない人と会話をしなくてはいけないのも苦痛。
 その点、サガは偉いと思う。
 カミュは漠然と思いをめぐらせながら、テーブル近くで名も知らぬ聖闘士たちに囲まれているサガを眺めていた。
 崇拝と憧憬に満ちた視線を一身に浴びながら、それに臆することもなく優雅な微笑を浮かべている長身は、パーティー会場でも一際目立つ。
 しかし、サガも、基本的には自分と同じなのだ。
 本当は一握りの人間にしか心を許さない。
 それでも、表面上は誰に対しても優しく、愛想良く対話することができる。
 だから皆、サガを慕い、ますますサガを囲む人垣は厚みを増していくのだ。
 立食パーティーでは、食欲旺盛な聖闘士たちがテーブル周りにひしめきあう。
 その人だかりを見ただけで食欲が減退したようなカミュに、サガは笑顔を向けた。
 適当に料理をもらってくるから待っているように、と言われたカミュは、ありがたくその提案に従うことにして、人の少ない壁際に移動した。
 そこからサガを眺めていた結論が、前述のものだった。
 大人だから、というだけではない。
 今のサガの姿は、完璧な存在であろうとする本人の意志によるものだ。
 教皇を弑逆僭称し女神を放逐しようとした罪人であるという意識は、常にサガを苛んでいた。
 女神が、聖域の全ての人間がその罪を許しても、サガは決して自分を許そうとしない。
 それが、非の打ち所のないサガの所以だった。
 ぴんと張り詰めた糸は、切れやすい。
 人間なのだ。完全である必要など、どこにもないのに。
 カミュにも似通った点があるだけに、わかる。
 その辛さも。
 支えになることはできるのだろうか。
 かつて、サガが自分の灯火となってくれたように。
 自分に向けられたサガの想いを知ってからずっと抱えていた疑問に、カミュはまだ答えを見出せていなかった。


 「何故こんなところにいるんだい、カミュ」
 突然頭上から降ってきた声に、カミュは現実に引き戻された。
 いつの間にか、サガが目の前に立っていた。
 呆れたような表情と声の調子が、カミュを不満がらせる。
 また、子供扱い。
 「サガが待ってろって言ったんじゃないですか。こっちの方が人が少ないから、ちょっと移動しただけですけど?」
 「ここに人が少ない理由、わかるかい?」
 いささか抗議めいたカミュの口調にも、サガは動じない。
 質問で返され、きょとんとして首を横に振るカミュに、サガは無言で上方を指差した。
 つられて見上げたカミュの瞳が見開かれる。
 そこには白い実をつけた緑葉の束が、高々と掲げられていた。
 宿木だ。
 宿木を飾る理由を楽しげに力説していた女神の姿が、途端に脳裏に蘇る。
 くらりと眩暈がした。
 動揺して立ち尽くすカミュに、笑いを含んだ声がとどめを刺した。
 「宿木の下に立つ人には、キスをしていいんだったね。じゃ、遠慮なく」
 苦笑を浮かべたサガは、身をかがめると、硬直するカミュの頬にかるく口づけた。
 触れるだけの一瞬の口づけは、言葉とは裏腹なサガの優しさ。
 本当に遠慮がないのなら、唇を盗まれても文句は言えない状況なのだから。
 「氷の姫君を狙っている輩は、君が思っているよりも多いんだよ。気をつけなさい」
 サガはまだ笑い止まないながらも、カミュに手を差し出した。
 指の長い優美な手を、カミュはじっとみつめた。
 思い出が鮮明に蘇る。
 初めて出会ったときにも、こうしてサガは手を差し伸べてくれた。
 そのときから、カミュの人生は始まったのだ。
 「だから、私は君を独りにしておけないんだ」
 そのかんばせに浮かぶ微笑みは、まだ幼い自分に向けられていたものと少しも変わらない。
 穏やかで優しい、見ているだけで安らかな幸福感が湧き起こってくる微笑。
 サガを支えようと無理をする必要は、ないのかもしれない。
 少なくとも自分と共にいるときのサガは、つくられたものではない。
 ありのままのサガなのだ。
 カミュは微笑むと、差し出された手をとった。
 その手の温かさが、何より嬉しかった。

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