無憂宮
<Avec Shura>


 シュラは会場からカミュを外に連れ出した。
 行き先も告げられないまま、カミュはシュラの後について夜道を歩んでいく。
 「どこまで行くんだ?」
 「もう少し」
 言葉が少ないのはお互い様だと思うが、やはりシュラの方がその傾向が強いと思う。
 その沈黙はけっして不快なものではなかったけれど、ときどき戸惑うことは否めない。
 サガやミロと過ごした時間と比べれば、カミュはシュラと共にいたわけではない。
 シュラが自分の何を気に入ってくれたのかも、いまだによくわからなかった。
 その経験不足はこれから補っていけるのだろうか。
 傍に居続けることで、表情の些細な変化から心情を読み取るくらいになれるのだろうか。
 まだカミュには、その自信はなかった。
 「着いたぞ」
 みつめていた背中が止まる。
 シュラに導かれたカミュは、鬱蒼とした木立を抜けていた。
 頭の上に伸しかかるようだった枝葉の屋根が取り除かれると、途端に自由になった気がする。
 シベリア暮らしに慣れた身には、遮るもののない広い空が愛おしかった。
 やはり人の多いパーティーよりも、自然の中にいた方が心が休まる。
 口許が自ずとほころび、カミュは夜空を見上げた。
 天空に輝く満天の星が、頭上から降り注ぐ。
 それまでの木立の暗さに順応していた瞳には、さやかな星明りですら眩しかった。
 ひんやりとした外気は、パーティーの淀んだ空気に窒息気味だったカミュを生き返らせてくれる。
 カミュは深々と新鮮な空気を吸い込んだ。
 酒の威力で、少しぼんやりとし始めていた脳細胞が、一斉に活動を再開する。
 「少し酔いを醒ましておけ。まだパーティーは続くんだぞ」
 普段通りの淡々とした声が、カミュを驚かせた。
 たしかに、今日はカミュにしては珍しく酒を過ごした。
 喧騒から逃れるため、グラスを傾け続けていたのだ。
 とはいえ、酒に強いカミュのことだ。
 顔には出ていない自信があったのだが、シュラにはすっかりお見通しらしい。
 「じゃあ、そのためにここまで……?」
 「別に。俺も煙草が吸いたかっただけだ」
 その言葉を裏付けるかのように、シュラは煙草に火を灯した。
 小さな光が、口の端に笑みを刻むシュラの顔をかすかに照らす。
 仄見える穏やかな表情が、カミュの心を落ち着かせた。
 シュラはカミュに、言葉によらずに内心を察知することなど求めていない。
 ただ、傍にいるだけでいいのだ。
 決して豊かとはいえないカミュの表情からその状態を読み取れるのは、シュラが陰ながらカミュを見守っていたという歴史があるからだ。
 それならば、今まで共に過ごした時間が少ないからといって、脅える必要などどこにもない。
 これから、築き上げていけばすむことだ。
 これから、二人で。
 時間はたっぷりとあるはずだった。
 シュラが吐き出す煙草の煙は、風向きの関係でカミュの方には流れてこない。
 いつもそうだった。
 煙草を嫌うカミュに配慮して、シュラは決して風上には立たないのだ。
 大切にされているのは充分承知しているのだが、少しそれを邪魔してみたくなった。
 ちょっとした悪戯心。
 カミュは何気なさを装い、風下に移動した。
 戸惑ったように動きを止めるシュラが可笑しくて、カミュは小さく笑った。

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