無憂宮
  <Avec Milo>


 カミュは、薄暗い控えの間に足を踏み入れていた。
 会場を見回してもどこにもいないミロの消息を尋ねたところ、ムウが教えてくれたのだ。
 酔っ払っていたから放り込んでおきました、と。
 苦労するまでもなく、捜し人はすぐに見つかった。
 壁際に並べられた椅子を寝台代わりに、ミロは横たわっていた。
 片腕と片足をほとんど床につくほど投げ出した、黄金聖闘士ともあろう者が、と失笑を買うことが間違いないくらいしどけない寝姿である。
 相変わらず手のかかる奴だ。
 カミュは既に癖になってしまった感のあるため息をつくと、ミロの傍に膝をついた。
 肩に手をかけ、軽く揺り動かす。
 「こら、起きろ。風邪ひくぞ」
 ぶつぶつと不明瞭な声で、ミロは何か答えようとしていた。
 酔っ払いの相手など、真面目にやるほどのことではない。
 カミュはミロの声を聞き流しながら、首元を緩めてやろうとタイに手を伸ばした。
 「触るなっ!」
 途端に鋭い声が空気を振動させる。
 思わずビクッと手を引っ込めた自分に呆れつつも、カミュは子供をあやすように声をかけた。
 「酔ってるんだろ。タイを緩めてやろうとしているだけだ」
 「カミュが締めてくれたんだから、触るな」
 「私が締めたんだから、私が緩めても構わないだろう」
 やはり、子供だ。
 ミロは訳のわからないことを言い出した。
 苦笑するカミュに、ようやく起き上がったミロは酔眼を向けた。
 寝ぼけてとろんとした顔が、情けなくて、おかしい。
 「……かみゅ?」
 「他の誰かに見えたら、視力検査の必要があるな」
 忠実な仔犬のようにひたむきに注がれる蒼い瞳がくすぐったい。
 カミュは微笑を浮かべながら、ミロの首筋に手を伸ばした。
 と、その手がぐいと掴まれ、ミロの方に引き寄せられる。
 予想外の強い力に逆らう間もなく、カミュはミロの腕の中に抱きしめられていた。
 「ミロ?」
 自分の置かれた状況もわからず瞳を瞬かせるカミュに、ミロは悲痛な声を絞り出す。
 「カミュ、俺、カミュが好きなんだよ。あいつらに取られたくない……」
 カミュの肩に顔をうずめるようにして泣きそうな声で囁くミロは、ようやく親と再会できた迷子の子供のようだった。
 嫌な夢でもみたのか。どこまでも手のかかる奴だ。
 カミュは天井を見上げ、ふうっとため息をついた。
 無意識に神に救いを求めるためか、困惑した人間は天を見上げるのだという。
 この理論で行くと、自分は今、困っているらしい。
 「……酔っ払いの戯言には付き合えんな。少し頭を冷やしてやろうか?」
 握った手にほんの少し冷気を集中させる。
 この手が酔い醒ましに絶大な効果があることは、いままでの経験から立証済みだった。
 しかし、カミュを抱く腕の力が一層強まり、それ以上の小宇宙の展開を妨げる。
 違う。いつものミロじゃない。
 真紅の瞳が見開かれる。
 混乱が、カミュを襲った。
 「……酔ってなきゃ、本心なんて言えるかよ」
 ぼそりと落とされた言葉が、カミュの胸を打つ。
 握り締められた指から力が抜け、だらりと下がる。
 呼吸さえままならず、カミュは微動だに出来なくなっていた。

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